2001年と2009年の僕たち──しずかなる、ひとり時間の記録
◆ 2001年10月17日(水曜日)
終日、雨が降っていた。
空気が冷えて、指先が痺れる。
それでも工場内はいつも
通りの暑さで、汗が背中を伝った。
きょうは洗い場と仕上げ場を行ったり来たり。
製品の脂を落とす工程では、
洗剤の泡が手のひび割れにしみた。
爪の間に刺さった小さな棘は、
金属加工のバリらしい。
目立たない痛みほど、なぜか気になる。
作業着は汗でしっとりと濡れ、
エプロンには油と洗剤の跳ね跡。
仕事を終えて制服を洗濯機に放り込みながら、
今日もさぼらなかったことを、
そっと自分で褒めてみた。
自己満足に過ぎないが、
それでも多少は意味があるように思う。
夕方、冷蔵庫にあった
小さな板チョコを口に入れた。
ほんの少しだけ、幸福な気持ちになる。
甘いものには、たしかに慰めの効能がある。
そういえば、亀田製菓の「けなげ組」
というお菓子があった。
柿の種が主役の小袋で、
裏面には「理不尽にも負けず、
けなげに生きていこう」と書かれていた。
あれを見たとき、妙に胸を打たれた。
できることなら、自分もそのけなげ組の
一員にしてもらいたい。
汚れた作業着で、爪の間に棘を刺したまま、
それでも地味な仕事を黙々と
こなす小さな柿の種──。
そんな自分を、パッケージの
隅に忍ばせてもらえたら、
ちょっとだけ報われる気がする。
できれば、柿ピーの中でも控えめな
ピーナッツあたりの隣がいい。
◆ 2001年10月18日(木曜日)
朝から底冷えがした。身体も、気分も。
僕はハンサムではないが、ギャグはややサムい。
いや、正直に言えば、だいぶサムい。
会社では製品カタログ用の
サンプルづくりを手伝った。
形の整ったもの、
色味の良いものを選ぶように言われる。
結局この世は見た目で動いているのか、
などと考えながら手を動かした。
寒さのせいか、ビールも
いまひとつ喉を通らない。
シチューでも作ろうかと思ったが、
材料も気力も足りなかった。
代わりにテレビをつける。
『ガッチャマン』の再放送。
子どものころは気づかなかったが、
案外あれは社会派だった。
アニメは得意ではないが、
構成に筋の通ったものは見ていられる。
夜八時からは『うたばん』の総集編。
モーニング娘。は
すっかりお祭りのようになっていた。
個人的には、初期の哀愁を帯びた歌が好きだった。
あれはもう戻ってこないのだろう。
明日は晴れるという。
しかし便所掃除の当番なので、
休むわけにはいかない。
風呂から上がると、すでに湯冷めしていた。
床の冷たさが足もとから這いのぼってくる。
そっと布団に入り、眠りを待った。
カラオケにでも行きたい気分だった。
ただ、歌いたい曲が浮かばなかった。
午後、静岡109へ向かった。
八年前のこの日も、たしか雨だった。
今日の目的は、舟山久美子──
くみっきーの来店イベント。
ひとりで行くのも怪しい気がして、
女友達を誘った。
(とはいえ、二人でもやや怪しい。)
モデルを間近で見るのは、
2007年の春に渋谷109で
益若つばさを見たとき以来。
あのときも同じように、
「たまたま通りがかったふり」で現場にいた。
現地に着いたものの、
くみっきーの姿は見えなかった。
限定アイテムを購入した先着五十名には、
握手と撮影の特典があるという。
だが、こちらにはその「先着」
に挑むほどの気概も財布もなかった。
静岡109は思った以上に閉鎖的で、
イベント会場は封鎖された階段の奥だったらしい。
諦めかけた頃、「おそらくこの出口だろう」
と見当をつけ、裏口に近い出入り口で待っていた。
そして午後四時すぎ、
本当にその場所から彼女が現れた。
反射的に両手をあげて手を振ると、
くみっきーは気づき、軽く手を振り返してくれた。
──それだけで、もう十分だった。
あんなふうに人を喜ばせられる
存在は、少し羨ましい。
もっとも、こちらは喜ぶ側の
専門なので、競合はしない。
そのあと、女友達と両替町へ向かい、
男友達三人と合流した。
座和民で乾杯し、二軒目までハシゴして、
気づけば午前三時。
高校の文化祭の打ち上げのような、
どこか懐かしい夜だった。
翌日はその疲れで、何もする気になれなかった。
天気は晴れていたが、身体の内側だけが曇っていた。
アセトアルデヒド──
人を少しだけ正直にし、翌日を少しだけ曇らせる成分。
ラベル: 再掲載「赤い日記帳」


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