2026/09/28

コスパタイパくるりんパッ

本文とは一切関係ない写真

 キャバクラの同伴ほど、
馬鹿馬鹿しいものはないと思っていた。

けれど、そう決めつけるのも、
どこか違う気がした。

何事も、一度くらいは経験してみなければ、
本当のところはわからない。

過去に一度だけ、ラーメン屋で同伴をしたことがある。

今になって思えば、
ラーメン屋同伴を受け入れた私は、
間抜けだったのだと思う。

なにしろ、ラーメンを食べるだけなのに、
一時間半もどうやって間を持たせようかと、
そんなことを考えていていた。

ところが、終わってみれば、
わずか三十分だった。

「ラーメンが伸びちゃうから」
「もうお腹がいっぱいで食べられないよ」

こちらは一時間半をどうするか考えていたのに、
向こうはラーメン一杯のことしか考えていなかったらしい。

それまでにも他の子と、何度か同伴はあったが、
こんなに早く終わったことはなかった。

だから勝手に、
今回も同じようなものだと思っていたのだろう。

テキはウワテだった。

考えてみれば、
こういうことになるのも自分の甘さだったのだろう。

少しばかり経験を積むと、
それだけで相手のことまで
わかったような気になる。

ラーメンは伸びなかった。
時間も。

考えすぎていたのは、
どうやら私のほうだった。

それなのに私は、入店後、
「たった三十分かよー」
と、ぶつぶつ言っていた。

その子は、嫌な顔をした。

同伴については、
ほかにもいろいろと苦々しい思い出がある。

けれど、今になって振り返ると、
あのラーメン屋での三十分は、
妙に印象に残っている。

 コスパとかタイパとか、
そんな言葉が当たり前のように使われる時代になった。

ラーメン一杯で三十分。

一時間半を予定していた私のほうが、
よほど時間を使い損ねている。

そう考えれば、
あれは案外、コスパもタイパもよかったのかもしれない。

これも経験である。

コスパ。
タイパ。

考えすぎると、
結局こうなる。

くるりんパッ。

ラベル:

2026/09/26

Minolta Pocket Autopack 430E

2001.11.04撮影

  このカメラには、いろいろと思い出がある。
私にとって、初めてのカメラである。

ミノルタのポケットオートパック430E。
値段は、たしか1万円くらいだったと思う。

駅の近くにあったアオイカメラ。
今はもうないその店で買ったような気がする。

なぜカメラが欲しかったのか。
鉄道写真を撮りたかったからだと思う。

5年生になりたての頃、
同級生に110ポケットカメラを持っている子がいた。

駅に入場券を買って入り、電車の写真を撮っていた。
鉄道好きで、気さくな子だった。
私が唯一、話のできる子だった。

写真やカメラを見せてもらっているうちに、
私もその子と同じようなタイプのカメラが欲しくなった。

フィルムの装填がカートリッジ式で、
自分にもできそうだと感じたのだろう。
35ミリタイプでは、フィルムを装填する自信がなかった。

私の家は本家ということもあり、
親戚一族の集まりがしょっちゅうあった。
そしてなぜかカメラ好きが多かった。

撮影やフィルム装填の様子を見ていた。
それも理由のひとつだったのかもしれない。

カメラ屋までは母親と行ったことは覚えているが、
このカメラを、
誰がお金を出してくれたのかは覚えていない。

今までのクリスマスプレゼントで最高でも、
3,980円くらいだったと記憶している。
たぶん、祖父がお金を出してくれたのだと思う。

4年生の11月、
田舎のほうの小学校から、街中の小学校へ移った。
家も分家から本家に移った。

そこには、すでに出来上がった人間関係があった。

街中の子供は、どこか違う。
田舎の小学校とは、ずいぶん雰囲気が違っていた。

よそ者に対する敵意というものを、
子供の世界で初めて知った。

私を目の敵にする子がいた。
ひとりの女子は、なぜか親切にしてくれた。

それが気に入らなかったのか、
嫉妬する男子までいた。

その女子は、今思えば美少女だった。
そんなことも、今になって思い出す。

みんながお互いを知っている場所に、
ひとりだけ知らない人間として入っていく。

転校生というだけで、目立つ。
それは身をもって知った。

私はいつも誰かと一緒にいるような子ではなかった。
ひとりでいることが多かった。

なぜいじめられるようになったのかは、
今でもよく分からない。

転校する前の学校では、愛鷹で宿泊訓練があった。
私は普通に参加した。

ところが転校した翌年、また宿泊訓練があった。
今度は朝霧だった。

「またかよ」と思った。

転校してようやく少し慣れてきた頃に、
学年が上がり、クラス替えがあった。

それから4か月。
私は、まだ新しい仲間に馴染めていなかった。

いつの間にか、女子の集団からいじめられていた。

その状態で、2泊3日の集団生活である。

嫌だった。
どうしても行きたくなかった。
泣いた。

そして最後には、自宅のトイレに逃げ込んだ。
便器にしがみついて、行きたくないと抵抗した。

親も祖父母も困ったのだと思う。
出発の時間は迫っていた。

だから、学校へ電話したのだろう。

担任の女性の先生が、家まで来た。

それまで、私がカメラを欲しいと言っても、
母親は受け流していた。

それが、この時ばかりは違った。
先生のいる前で、母親は言った。

「宿泊訓練に行って帰ってきたら、
カメラを買ってあげるから!」

私は、それで渋々行ったのだと思う。

あの頃は、嫌だから行かないということが、
今ほど簡単ではなかった。

学校へ行く。
行事にも行く。

そうするものだった。

そして、夏休み明け。

その話が同級生の間に広まった。
どこから漏れたのだろう。
あのことを知っているのは、
学校と家族くらいだったはずだ。

「甘えている」

「カメラなんて買ってもらってよー」

「わがままだ」

そんな言葉を、私は浴びせられた。

トイレに逃げ込み、
便器にしがみついて泣いたことも知られていた。

いつしか私は、「便所マン」と呼ばれるようになった。

そこから、今度は男子の
集団からのいじめにつながっていった。

カメラを買ってもらった時のことを思い出すと、
その頃のことまで一緒に出てくる。

このカメラは、もう手元にはない。
どこへ行ってしまったのかも覚えていない。

残っているのは、この写真だけだ。

430Eを手に入れてから21年後、
私は、このカメラを写真に撮っていた。
気まぐれだったのだと思う。

それを見ると、1980年の夏が戻ってくる。
あの頃の自分も、まだそこにいる。

今でも人付き合いは得意ではない。
そのあたりは、ほんと変わっていない。

写真の方も、変わらずずっと撮っている。

ラベル:

2026/09/09

非日常感をください

 先週末、友人とドライブに出た。
といっても、目的地そのものより、車内の雑談が
主役みたいなものだ。

あいにく秋雨前線が停滞していて、
空はどんよりと曇っている。

これでは景色を眺めながらのドライブ
というわけにもいかない。

さて、どうしたものか。

相談した結果、
雨の日の強い味方である大型ショッピングモール、
ららぽーと磐田へ向かうことになった。

せっかくの遠出だ。買いたいものもあった。

部屋で育てているガジュマルの土が、
最近どうにも痩せてきていたのだ。
根は露出気味になり、葉も少しずつ落ち始めている。

このまま放置するのは、あまりよくない。

少し前にホームセンターも覗いてみたのだが、
売られている土はどれも立派すぎた。

一鉢のために買うには、少々大袈裟である。
調べてみると、100円ショップにも園芸用品があるらしい。
ならば今回は、それで十分だろう。

そんな目的を抱えて、私たちはららぽーとへ向かった。

しかし、私にとってショッピングモールの魅力は
買い物だけではない。

子供だけでなく、
大人にとっても遊園地に等しいと思っている。

世の中には、モール嫌いの人もいるらしい。

だが私は好きでたまらない。
本屋もあれば雑貨屋もある。
腹が減れば食事もできるし、疲れたら椅子もある。

特に欲しいものがなくても、歩いているだけで、
それなりに楽しい。

到着した頃には、ちょうど昼時になっていた。

「昼食どうするか?」

普段なら、店外へ出て
回転寿司あたりへ向かうところだ。

だが、この日は少し気分を変えたかった。

飲食フロアを歩きながら一通り見て回る。

しかし、どこも決め手に欠ける。

そんな時、ふとマクドナルドの前を通りかかった。

そういえば、最後にマクドへ来たのはいつだっただろう。
思い出せないほど来ていない。

記憶を辿ってみても、十年近くは経っている気がする。

その時も、自分から進んで入ったというより、
誰かに誘われてだったはずだ。

私は立ち止まり、友人にこう言った。

「非日常感をください」

私にとっての非日常とは、
このマクドナルドだったのである。

久しぶりのマクドは、
思っていた以上に様変わりしていた。

まず、注文方法がわからない。

タッチパネルを前にして、
軽く時代に置いていかれた気分になる。

幸い、そのあたりは友人が慣れていた。

どうやら、チーズ月見と炙り牛すき焼き風月見の
ペア向けセットがあるらしい。

せっかくだから、それにしてみた。

期待値は、それほど高くなかった。

ところが、これが思いのほか美味しい。

すき焼き風の甘辛い味付けと
月見の組み合わせは悪くない。

チキンナゲット用に選んだ期間限定の
「黄金の卵タルタルソース」も当たりだった。

試しにポテトを浸してみる。
これもなかなか良いアンバイである。

非日常ついでの限定品選択は、大正解だった。

そういえば、こうして友人と向かい合って、
バーガーをあんぐりと口を開けて
食べている自分を思うと、少しおかしくなる。

昔から、人と一緒に食事をすることには
ひどく躊躇したものだ。

特に女性と向かい合うとなると、恐怖に等しかった。

それが今では、目の前の友人と
くだらない話をしながらバーガーを頬張っている。

何を食べるかよりも、どう食べているか。

そんなところにも、昔とは違う自分がいるらしい。

些細な変化も含めて、
目の前の時間が心地よかった。

食後、ようやく本来の目的を思い出した。

ガジュマルの土である。

100円ショップへ向かう。
目当ての観葉植物用の土は、あっさり見つかった。

ホームセンターの大きすぎる袋とは違い、
実に手頃なサイズだ。

「話を盛る人には用心したいが、
土を盛るのはガジュマルのためになる」

そんなことを思いつつ、無事に土を確保した。

そして、本屋へ向かった。

私はショッピングモールの中でも、本屋が特に好きだ。

何かを買うつもりがなくても、つい足が向いてしまう。

店内をぶらぶら歩きながら、

「この本屋、
ヌードポーズ集がちゃんと立ち読みできるから
穴場なんだよな」

と、身も蓋もない話をする。

あの手の本は絵描き向けの資料集なのだが、
他の店だとビニールで閉じられていることが多い。

中身を見て選びたいので、
立ち読みできる店は案外ありがたい。

しかも、その棚のあたりは人通りも少なく、
妙に落ち着く。

青年漫画誌の棚を眺める。

表紙にはコスプレイヤーたちが
ずらりと並んでいた。

最近はグラビアというより、
コスプレ写真集の延長みたいな表紙も多い。

どうにもときめかない。

「今回は全員不合格だな」

実に好き勝手なことを言う。

「厳しいな」

と友人は笑う。

「なんというか、
みんな同じ方向向いてる感じなんだよな」

そう言いながら、
次の棚へ移動する。

文字にすると、実に品がない。

だが、そういうどうでもいい話ができる相手というのは、
案外貴重なものだ。

本屋を出たあと、CDショップにも久しぶりに入ってみた。

昔はもう少し、ジャンルの違うものが
ほどよく並んでいた気がする。

しかし、今のラインナップはどうも少し違う。

店内を眺めながら、私は友人に言った。

「なんかメロンブックスの店内みたいじゃん」

そんなことを言いながら、またしばらく店内を歩く。

窓に目線を移すと、
いつの間にか、外は雨が強く降っていた。

ガジュマルの土を買うために出かけたはずだった。

それなのに、今思い返してまず浮かぶのは、

月見バーガーの味。

本屋での馬鹿話。

CDショップでのくだらない発言。

肝心の土のことは、
その次くらいにしか出てこない。

まあ、それでいいのだと思う。

土はガジュマルのためになった。
そして雑談は、私のためになった。
こういう一日も、案外悪くない。

ちなみに、9月のガジュマルは、
土を全部入れ替えるよりも、
少々盛るくらいにしたほうがいいらしい。

これからの季節に向けて、
全部入れ替えるのは木全体への負担になるのだとか。

今回の私も、どうやら最初から最後まで、

「盛る」

くらいがちょうどよかったらしい。

土も。

話も。

そして、一日も。

ラベル: ,

2026/08/25

妙なところへ来てしまった

 8月11日。
水回りを少し掃除しようと思った。

洗面所と、トイレと、風呂場。
せっかくなので、普段あまりやらないところまで
きれいにしてみようと思い立ったのである。

洗面所を済ませ、
風呂場に取りかかった。

最近の風呂掃除は便利になったもので、
「バスマジックリン エアジェット」
というものを初めて使ってみる。

シュッ、シュッではなく、
シューーーッと長い余韻がある。
これが妙に面白い。

せっかくなのでもう少しきれいにしてやろうと、
スポンジを持って、ぎゅっ、ぎゅっとこすっていた。

調子に乗って力を入れたまさにその拍子に、
腰を痛めた。

いわゆる、ぎっくり腰である。

そのあとに掃除するはずだったトイレは、
そのまま手つかずになった。

翌朝から、寝床から起き上がるだけでも一苦労。
しばらくは家の中で大人しくしているしかない。

少し動けるようになってから、
いつものようにパソコンを開いた。

そして、ファミコン版『ドラゴンクエスト』
の音源を流したくなった。

滅多にアクセスしないYouTubeを開き、
1、2、3、4、5と曲をたどっていく。

ザッ、ザッ、ザッ。

効果音ですら愛おしい。

が、あれほど熱中したゲームなのに、
今はもうまったくやらない。

一時期は家庭用ゲーム機の定番を
ひと通り揃えていたけれど、
平面から3Dになった頃から、どうも駄目になった。

画面を見ていると船酔いするような感覚になり、
それ以来ずっとゲームから遠ざかっている。

それでも、昔の『ドラゴンクエスト』
の音だけは今でも聴く。
しかも、ファミコン版でなければならない。

昔はわざわざオーケストラ版のCDまで買ったものだ。

重厚なアレンジで聴ければいいと思っていた
あの頃とは違い、
今では、好みがすっかり逆になっている。

音数の少ない、あの素朴な電子音。
それが妙に落ち着くのだ。

そして、この音をBGMにしていると、
今自分がやろうとしていることにも不思議としっくりくる。

私のYouTubeの使い方は、
どちらかといえばラジオ的である。

動画は観ていない。音だけだ。

手打ちHTMLを書き、
ファイルをサーバーへ送り、CGIを動かす。
そんな地味な作業には、やっぱりファミコンの音くらいがちょうどいい。

今回、CGIをどうしても動かしたくなったのだ。

腰を痛めたというアクシデントが、
逆に普段の優柔不断さをシャキッとさせたらしい。

その勢いのままCGIの使えるサーバーへ引っ越し、
ドメインまで取ってしまった。

サーバーの設定画面を開いた。

目についたのが、「cgi-bin」という名前だった。

懐かしい。
昔の個人ホームページでは、
当たり前のように見かけたディレクトリだ。

中にはCGIのスクリプトが入っていて、
掲示板やアクセスカウンターなどがそこから動いていた。

久しぶりに自分でサーバーをいじっていると、
この名前が妙に気になって仕方がない。

昔お世話になったKENT-WEBの
スクリプトを引っ張り出してきて、
設定ファイルを眺める。

cgi-binの下に専用のディレクトリを作り、
Perlのファイルをアップロードする。
そして、おまじないのようにパーミッションを設定する。
ここまでは、何とかうまくいった。

すると今度は、SSIも試してみたくなった。
HTMLを表示するときに、
サーバー側で処理した結果を
ページの中に差し込む仕組みである。

トップページに、
LAST UPDATE : ○○○○.○○.○○
と表示させる。

ブログの記事を書いた日ではない。
ホームページそのものを最後にいじった日を、
サーバーに自動で拾わせて表示する。

HTMLを直した。CSSを直した。
ファイルを追加した。リンクを修正した。
そういう細々とした作業も含めて、
「ホームページを最後に触った日」として残す。
そのくらいの意味でちょうどいい。

ところが、ここからがなかなかうまくいかない。
画面に出てきたのは、
[an error occurred while processing this directive]
という、実に愛想のない一行だった。

SSIは動いている。CGIも単体なら動く。
なのに、組み合わせるとどうしてもうまくいかない。

設定を見直す。パスを確認する。
ファイルを調べる。ブラウザを更新する。
駄目。
また直す。
やっぱり駄目。

別に、なくてもまったく困らない機能である。
それなのに、動かないとなると無性に気になる。

『ドラゴンクエスト』の音が、
ブラウザの裏で淡々と流れている。
その電子音を聴きながら、設定ファイルを眺める。

一体、自分は何をやっているのだろうと思う。
しかし、こういう時間が案外嫌いではない。

そして、何度目かの試行錯誤のあとだった。
画面に日付が、ふっと現れた。

2026年8月15日。
思っていた通りの数字が、
何事もなかったようにページの中におさまっている。

「おお、出た」

たった一行の日付が表示されただけだった。
それでも、妙に嬉しい。

サーバーがこちらの指示を受け取って、
ちゃんと日付を返してくれた。
それだけのことで、しばらくぼんやりと
画面を眺めてしまった。

こうしてみると、
トップページの日付にも少しだけ意味が生まれる。
ブログの記事を書いた日付とは別に、
ホームページそのものを最後に触った日を残す。

記事を書いていなくても、何かを直している。
何かを追加している。サーバーの設定を変えている。
そのささやかな痕跡が、一行の日付になって現れる。
それでいいのだ。

風呂掃除をして腰を痛め、トイレ掃除を途中で放り出し、
ファミコン版『ドラゴンクエスト』を聴きながら
サーバーをいじっている。
我ながら、8月11日のあの日に始まったことにしては、
随分と妙なところへ来てしまったものだ。

ゲームからはすっかり遠ざかった。
けれど、サーバーをいじり倒すことそのものが、
今の私にとっては
一番楽しいゲームみたいなものなのだから。

トイレ掃除も攻略済み。

ラベル:

2026/08/07

ハードディスク40MBから、もう一度

2000年に購入したPower Mac G4。友人に譲り、設置したときの記念写真
   最近は夜な夜なホームページの
レイアウトをいじる日々だ。
我ながら苦笑した。

25年前に戻ったのかと思えば、いや、
本当は30年以上前から何も変わっていないのかもしれない。

ファイルを整理していたら、
2009年に書いた文章が出てきた。

「赤い日記帳」という、
2001年から続けていた
ホームページについて綴ったものだった。

あの頃の私は、誰かに読んでもらうためというより、
ただ自分の居場所をネットの片隅に置いておきたかった。

手打ちでHTMLを書き、ページを作る。
もちろん、すべてを一から作っていたわけではない。
配布されていたCGIスクリプトを借り、
掲示板やカウンターを設置した。

小さな部品を一つずつ集めながら、
自分だけの場所を組み立てていく。
その作業そのものが楽しかった。

まだスマートフォンという言葉すら、
今ほど身近ではなかった。
携帯電話でネットを見ることも、
一部のサービスに限られていた。

ネットの入口は、まだパソコンの前にあった時代。
個人ホームページがネットのあちこちに点在し、
それぞれが小さな世界を持っていた。

あれから長い年月が流れ、
インターネットの景色はすっかり変わった。

便利にはなった。
けれど私は相変わらず、
自分の場所を作る作業が好きらしい。

古いガラクタに少しずつ手を入れるように、
毎晩ホームページをいじっている。

今では遊びの範囲でCGIを使わせてくれるサーバーは、
ほとんど残っていない。
その代わり、JavaScriptが昔のCGIのような
演出を見せてくれる。

画面の中で何かが動く。
それだけで時間を忘れてしまう。

レイアウトを少し直しては表示を確認する。

リンクを書き換える。

画像を差し替える。

ファビコン一枚に何十分も悩む。

そしてFTPソフトを立ち上げる。

静かなサーバーへHTMLを送り、
返事の代わりにブラウザを更新する。
そんな小さなやり取りを繰り返していると、
不思議と昔の空気が戻ってくる。

気が付けば、記事を書くより
HTMLやCSSを眺めている時間のほうが長い日もある。
そんな夜が、案外楽しい。

思えば、昔からそういう人間だった。

33年前、40MBのハードディスクを7万円ほどで手に入れた。
今では信じられない容量だが、
当時の私にとっては大きな買い物だった。

目的は、アリスソフトの『ランス4』を遊ぶためである。
まだフロッピーディスクを何枚も入れ替える時代だった。

ゲームがハードディスクから起動する。
その速さには本当に驚いた。
しかし、気が付けばゲームそのものより、
DOSの設定をいじっている時間のほうが長くなっていた。

CONFIG.SYSやAUTOEXEC.BATを書き換える。
少しでも快適に動くよう試行錯誤する。
メモリの空きを増やし、設定を変え、再起動する。

誰に褒められるわけでもない。
それでも、自分のパソコンが昨日より少しだけ快適になる。
それだけで十分に楽しかった。

結局、昔から「使うこと」より
「いじること」のほうが好きだったのだろう。

だから今も、ホームページを更新しているというより、
ホームページそのものを相手に遊んでいる
感覚のほうが近い。

訪れる人は皆無である。
代わりに、海外クローラーは時折やってくる。
それでも構わない。

ブラウザを更新する。
思っていた通りになっているか。
その返事を待つような気持ちで画面を見つめる。

「お、少し良くなった」

そう呟いて、一人で頷く。

33年前も、きっと同じような顔で
DOSの設定画面を眺めていたのだと思う。
人間というものは、案外変わらない。

パソコンの中身は、
いつしかHTMLファイルばかりになった。

しかし、それらは私にとって宝物である。
ファイルさえ残っていれば、パソコンを買い替えても、
サーバーの置き場所が変わっても、
また同じ場所を作ることができる。

誰かが用意した場所ではなく、自分の手元に残る場所。
昔から、そういうものが好きだった。

今日も、夜になるとHTMLを開き、少しだけ手を入れる。
30年以上前、DOSの設定をいじっていた頃と、
やっていることは案外変わっていない。
40MBのハードディスクを前にしていた頃と同じように。
そんな時間が、今でも心地いいのである。


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この文章を書くきっかけになった過去ファイル

2009年9月16日「あれから8年か…」

2009年10月24日「陰気くんの観察日和」

ラベル:

2026/07/20

夏の入り口、ソースの香り

 先々週あたりから、夏が急に本気を出してきた。
サーキュレーターだけで
夜をやり過ごそうとしていたものの、
さすがに限界を感じ、寝るときのエアコンを解禁した。

今年は昨年や一昨年より少し遅かった気がする。
そんなことを考えながらリモコンの電源を押した。

そして今日、このあたりも梅雨明けした。
昨年は梅雨入りも梅雨明けもずいぶん変則的だっただけに、
今年はいつもの頃に
夏がやってきたことに少しほっとしている。

梅雨明け前のある晴れた日、
ふと思い立って川根方面へ車を走らせ、
家山の「たいやきや」へ向かった。

訪れるのは十年以上ぶりかもしれない。
店名のとおり、たい焼きが看板の店だが、
ラーメンや焼きそば、静岡おでんも並ぶ。

和菓子をほとんど食べない私は、
昔から焼きそばと静岡おでんを注文する。
この日も、その組み合わせは変わらなかった。

店内はエアコンがよく効いていた。
その涼しさの中で頬張る熱々のソース焼きそばは、
夏になると、不思議と美味しく感じる。

冷えた店内では、ソースの香りだけが強く印象に残った。
汗がすっと引いていく感覚も心地よく、
夏はこうやって始まるのかもしれないと思った。

この日もカメラを持ってきていた。
四月に一台買い足してから、
月に一度くらいはどこかへ出かけるようになった。
街を歩くことも多いが、
人が写り込んだ写真は載せにくい。

それでもシャッターを切るたびに、
その日の光や空気、
季節の匂いは、自分の中に残っていく。

写真に残せる景色もあれば、
文章だからこそ残せる景色もある。

写真には伝えきれない店内の涼しさも、
ソース焼きそばの香りも、
きっと今年の夏と一緒に思い出せる。

今年の夏は、
エアコンをつけて眠った最初の夜と、
家山で味わったソース焼きそばの香りから始まった。

ラベル:

2026/06/27

雨に濡れても─百貨店と、予報の精度

 私の記憶では、
昔の天気予報は今ほど当たらなかったように思う。

もちろん、当時にも降水確率はあり、
予報技術も少しずつ進歩していたのだろう。
ただ、少なくとも私の暮らしの中では、
雨は今より少しだけ気まぐれで、
どこか運任せの出来事だった。

空模様を見て出かけ、途中で降られたら軒先に入る。
そんな時間の使い方が、
当たり前のように街の中にあった気がする。

雨の日、百貨店では、
「雨に濡れても」のインストゥルメンタルが
流れていたような記憶がある。

バート・バカラックが紡いだ、
軽やかで、少し肩の力が抜けるような旋律。

館内にその音色が流れると、私はふと窓の外を気にした。

本当に雨の日だけ流れていたのか、
それとも別の日の記憶まで重なっているのか。
それはもう確かめようがない。

けれど私の中では、その曲は館内の照明や、
ガラス越しに見える湿った街の景色と結びついている。

だから音楽が、天気を教えてくれていた。

それは気象情報ではなく、
街の空気がそっと知らせてくれる天気予報だった。

買い物の手を止める人がいて、少し急ぎ足になる人がいる。
誰かが傘を広げ、その様子を見てこちらも空を気にする。

そんな何気ない時間が、店にいた見知らぬ誰かと
静かに共有されていたような気がする。

今はポケットの中の端末が、
雨雲の接近を正確に知らせてくれる。
数十分先の雨まで分かり、傘を忘れることも減った。
予定も立てやすくなった。

便利になったことは間違いない。

その一方で、空を見上げたり、
街の匂いや人の動きから
雨の気配を感じ取ったりする機会は、
少しだけ減ったのかもしれない。

百貨店もまた、昔とは違う形で
天気と向き合っているのだろう。

営業を続けるか休むか。そこには、
雨雲レーダーだけでは測れないものがあるのかもしれない。

天気予報が正確になったからといって、
迷いまでなくなったわけではないのだろう。

街では若い人たちがスマートフォンを見ながら歩いている。

私も同じように雨雲レーダーを確認し、
降り出す前に傘を開くことが増えた。

便利さを受け入れながら、それでも、
ときどき空を見上げる癖だけは残しておきたいと思う。

そんなことを考えていると、雨上がりのアスファルトから、
ふとマスカットのような甘い香りが立ちのぼることがある。

土とも違う。花とも違う。

私には昔から、雨上がりの空気が
そんな果実の香りに感じられる。

その香りに触れた瞬間、昔の雨の日の記憶が、
不意によみがえる。

昔の雨が本当に今と違っていたのか、
それとも歳月が私の記憶を少しだけ優しく塗り替えたのか。
その答えは、もうどこにもない。

ただ、あの頃は予報が少し外れることも含めて、
雨というものを今より大らかに受け止めていたような
気がする。

効率や正確さを手に入れた今だからこそ、
ときには予報ではなく、街の空気や音楽が教えてくれる
雨の気配にも耳を澄ませてみたくなる。

かつて百貨店で耳にした、あの穏やかな旋律とともに。

今でも、「雨に濡れても」を耳にすると、
私は百貨店の照明を思い出す。
あの曲が本当に雨の日だけ流れていたのかは、
もう分からない。

それでも私の記憶の中では、
雨の百貨店にはいつも、あの穏やかな旋律が流れている。

ラベル:

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