赤い車と冬の海
2001年。まだインターネットの出会いというものに、
少しばかりの冒険の匂いが残っていた頃である。
掲示板で知り合った彼女とは、
何度かメールを交わしたあと、
沼津駅北口で会うことになった。
待ち合わせの時間より先に彼女は来ていた。
真っ赤な車だった。
その頃の私には少し眩しすぎる色だった。
自嘲気味に、ドラマの「冬彦さん」をもじって
「マザコン冬彦」などと名乗っていた私の目には、
ずいぶん都会的に映ったのを覚えている。
彼女は私の顔を見た瞬間、
ほんのわずかに表情を曇らせた。
理由は今もわからない。
後になって知ったのは、
彼女はビジュアル系が好きだった。
そう考えると、沼津駅北口で
置き去りにされなかっただけでも
運が良かったのかもしれない。
こちらだって緊張で
まともな顔をしていなかっただろうから。
それでも彼女は帰らなかった。
私は助手席に乗り込み、
車は静岡へ向かった。
途中、お巡りさんに止められた。
窓を開けた彼女が、
どこか面倒くさそうに、
それでいて妙に愛想よく、
少し投げやりに、
「OLでーす」
と答えた。
違反のやり取りが終わると、
彼女は少し不機嫌そうに、
「ムカつくなー。運転変わってよ」
と言った。
私は彼女の赤い車の運転席に座った。
ハンドルを握りながら、
赤なんて自分には似合わないなと思った。
その時、何を話したのかは覚えていない。
ただ、
「OLでーす」と答えた声だけが、
二十年以上経った今でも耳に残っている。
その後、私たちは時々会った。
年賀状を書き、
メールを送り、
たまに顔を合わせた。
そんな付き合いだった。
そしてよくCDを交換した。
彼女が貸してくれる音楽は、
当時の私なら自分から手に取らないものが多かった。
GLAYもそのひとつだった。
車で流しながら聴き、
返す頃には何曲か口ずさめるようになっていた。
そんな時間がしばらく続いた。
クリスマスが近づいた頃、
八景島シーパラダイスへ行こうという話になった。
女性とクリスマスを過ごすなど、
私には経験がなかった。
大層戸惑った。
今度は私の車だった。
彼女はGLAYのベストアルバムを聴こうといい、
そして出発した。
カーナビは付いていない車である。
デートの成否より、
ちゃんと辿り着けるかの方が気になっていた。
それでも何とか八景島には着いた。
どこの駐車場だったかは忘れた。
ただ、
少し離れた場所に停めたことだけは覚えている。
女性と遊園地に行った経験すらない男が、
いきなりクリスマスの八景島である。
しかし現実はそんなに甘くない。
最初のジェットコースターで、
私は完全に参ってしまった。
せっかく買ったフリーパスもほとんど使えず、
ベンチで海を眺めていた。
私はうなだれ、
彼女は隣で黙って携帯電話を弄っていた。
しばらくして彼女が言った。
「ケチケチすんな」
何のことだったのか、
もう覚えていない。
たぶんそういう言葉だった。
帰り道には案の定、道を間違えた。
八王子方面へ向かうつもりが、
気づけば再び金沢文庫方面の案内標識を見ていた。
要するにUターンである。
彼女は、
「ダメねぇ」
と呆れたように笑った。
私もつられて笑ってしまった。
人は痛いところを突かれると、
腹を立てるより先に笑ってしまうことがあるらしい。
彼女とはやがて疎遠になった。
理由はいくらでも挙げられる。
当時の私は友達でいることができなかったということだ。
もう少し肩の力を抜いて、
もう少し気長に付き合えていたらどうだっただろう。
そんなことを思わないでもない。
けれど不思議なことに、
顔より先に思い出すものがある。
沼津駅北口の風景。
真っ赤な車。
「OLでーす」と答えた声。
八景島のベンチ。
「ケチケチすんな」と笑われた午後。
そして車内に流れていたGLAYの「とまどい」。
あの頃の自分の不器用さまで一緒に蘇ってくる。
八景島で見た冬の海も、
まだどこかに残っている気がする。
ラベル: 好きな音楽

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