6/23/2026

くちづけのその後と、一時間半後の電話

 2000年。
街にはモーニング娘。があふれていた。
店先の有線から流れ、
テレビをつければ誰かしらが映っている。

「LOVEマシーン」ほどの知名度はないかもしれないが、
「くちづけのその後」を聴くと、
私は今でも当時の空気を思い出す。

もっとも、その曲から連想するのは恋愛ではない。
なぜか、一本の電話である。

当時、同じ職場に新卒の事務員さんが入ってきた。
十九歳。
しかも当時の安倍なつみによく似ていた。
もちろん本人にそんなことは言っていない。
ただ、こちらの脳内では勝手になっち認定されていた。

ある日、その彼女から、
「先輩、パソコン教えてください」
と言われた。

今では想像しにくいかもしれないが、
当時はパソコンが少し使えるだけでも
重宝された時代だった。

気がつけば、教える場所は
職場ではなく私の部屋になっていた。

私は隣に座ってもらい、
フォルダの作り方やファイルの保存方法を説明し始めた。
それなりに真面目に教えていたつもりである。
ただ、途中から妙に時間が気になっていた。

彼女には彼氏がいた。
しかも私の家の近所に住んでいた。
顔見知りですらなかったが、
どこの家の人かだけは知っていた。

そんな事情もあってか、こちらは
ただパソコンを教えているだけなのに、
何となく預かっているような気分になっていたのである。

ひと通り説明が終わり、
こちらもようやく肩の力を抜きかけた頃だった。

携帯電話が鳴った。
彼氏からだった。
教え始めてから、およそ一時間半後。

もちろん偶然だったのかもしれない。
あるいは、
「一時間半くらいしたら電話するね」
そんな約束があったのかもしれない。
今となっては確かめようもない。

ただ、不思議なことに、年月が経つほどその
「一時間半」という数字だけが
記憶の中で輪郭を保ち続けている。

二十六年も経った今では、その彼女の声も思い出せない。
どんな服を着ていたのかも曖昧である。

それなのに、
「パソコンを教えていたら、
一時間半後に近所の彼氏から電話がかかってきた」
ということだけは、なぜか残っている。

「くちづけのその後」を聴くたびに
浮かぶのも恋愛ではない。

パソコンの画面。
机。椅子。
そして机の端に置かれた携帯電話。

そういえば、同じ頃によく耳にしていた
「ウソつきあんた」も、
恋人同士の駆け引きを歌った曲だった。

けれど私の記憶の中では、そうした歌の内容よりも、
一時間半後に鳴った一本の電話の方が
ずっと鮮明なのである。

曲の記憶というのは不思議なものだ。

歌詞そのものより、そのときたまたま見ていた景色や、
後になって意味を持ってしまった
些細な出来事の方が長く残る。

「くちづけのその後」を聴くたびによみがえるのは、
恋の余韻ではない。
二十六年前の机の上で鳴った、あの一本の電話なのである。

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