痛みのあとの、迷彩模様
久しぶりに、駿府城公園のプラタナスと向き合った。
「再会」と呼ぶには、こちらの身体が少し痛んでいた。
この二週間、帯状疱疹という厄介な病に伏していた。
神経を逆なでするような痛みに耐え、
ほとんど寝たきりの生活。
治療を終え、その足で公園へ向かいながら、
衰えた筋力に思わず苦笑する。
カメラを構える指先も、どこか重い。
見上げた先には、いつものプラタナス。
剥がれ落ちた樹皮の迷彩模様が、
首筋から頭皮に現れた斑点とどこか似ていて、
妙な親近感すら覚える。
去年の十一月半ば、
あれほど葉と実に満ちていたこの木も、
いまはすっかり身軽になっている。プラタナスを見ると、理由はうまく説明できないのだが、
はしだのりひことシューベルツの「風」を思い出す。
今回は思い出すだけでは足りず、
あらためて聴き返した。「振り返らず、泣かないで歩くんだ──」
あの一節だけが、残った。
消え入りそうな体力をかき集めながら、
「歩くんだー」というフレーズを、
文字通り一歩ずつなぞっている。
以前の日記に、こんなことを書いていた。
最後の「歩くんだー」だけ、
なぜかワンオクターブ上げる謎アレンジ。
そこで曲が終わってしまうのである。
原曲は、実はまだ続いていて、
そこには風が吹いているだけー、
最後には吹いているだけーの
フェードアウトで終わる曲だった。
途中で略して終わるのが、どうしても好きになれなくて、
その部分だけ、引き続きそっと声をだした。
みんなの歌声の中で、
一人だけ続きを歌い、フェードアウトする感覚。
あのときは笑っていたその違和感が、
まさかリハビリの掛け声になるとは思わなかった。
通院の帰り、少しだけ遠回りをする。
三月も半ばを過ぎ、額にかすかな汗がにじむ。
ベンチに腰を下ろすと、
冬の名残と春の兆しが混ざり合った空が、
驚くほど青かった。
いまの自分には、
無骨で、それでいて確かな生命力を宿した
スズカケノキの「鈴」のほうが、
どんなイルミネーションよりも静かに輝いて見える。
猪鹿蝶のような華やかさには、まだ手が届かない。
けれど、この枯淡なモノトーンは、
不思議と心地よい。
モザイク越しに憧れていた
「ナツロス」の季節は、まだ先だ。
まずは、プラタナスの樹皮のように、
剥がれ落ちては新しくなる時間を、受け入れていこう。
痛みとともに、春を待つ。
フェードアウトしかけていた身体に、
ゆっくりと音が戻ってくる。
私なりの、
スローなフェードインの始まりである。
ラベル: お散歩写真機


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