8/25/2026

妙なところへ来てしまった

8月11日。
水回りを少し掃除しようと思った。

洗面所と、トイレと、風呂場。
せっかくなので、普段あまりやらないところまで
きれいにしてみようと思い立ったのである。

洗面所を済ませ、
風呂場に取りかかった。

最近の風呂掃除は便利になったもので、
「バスマジックリン エアジェット」
というものを初めて使ってみる。

シュッ、シュッではなく、
シューーーッと長い余韻がある。
これが妙に面白い。

せっかくなのでもう少しきれいにしてやろうと、
スポンジを持って、ぎゅっ、ぎゅっとこすっていた。

調子に乗って力を入れたまさにその拍子に、
腰を痛めた。

いわゆる、ぎっくり腰である。

そのあとに掃除するはずだったトイレは、
そのまま手つかずになった。

翌朝から、寝床から起き上がるだけでも一苦労。
しばらくは家の中で大人しくしているしかない。

少し動けるようになってから、
いつものようにパソコンを開いた。

そして、ファミコン版『ドラゴンクエスト』
の音源を流したくなった。

滅多にアクセスしないYouTubeを開き、
1、2、3、4、5と曲をたどっていく。

ザッ、ザッ、ザッ。

効果音ですら愛おしい。

が、あれほど熱中したゲームなのに、
今はもうまったくやらない。

一時期は家庭用ゲーム機の定番をひと通り揃えていたけれど、
平面から3Dになった頃から、どうも駄目になった。

画面を見ていると船酔いするような感覚になり、
それ以来ずっとゲームから遠ざかっている。

それでも、昔の『ドラゴンクエスト』の音だけは今でも聴く。
しかも、ファミコン版でなければならない。

昔はわざわざオーケストラ版のCDまで買ったものだ。

重厚なアレンジで聴ければいいと思っていた
あの頃とは違い、
今では、好みがすっかり逆になっている。

音数の少ない、あの素朴な電子音。
それが妙に落ち着くのだ。

そして、この音をBGMにしていると、
今自分がやろうとしていることにも不思議としっくりくる。

私のYouTubeの使い方は、
どちらかといえばラジオ的である。

動画は観ていない。音だけだ。

手打ちHTMLを書き、
ファイルをサーバーへ送り、CGIを動かす。
そんな地味な作業には、やっぱりファミコンの音くらいがちょうどいい。

今回、CGIをどうしても動かしたくなったのだ。

腰を痛めたというアクシデントが、
逆に普段の優柔不断さをシャキッとさせたらしい。

その勢いのままCGIの使えるサーバーへ引っ越し、
ドメインまで取ってしまった。

サーバーの設定画面を開いた。

目についたのが、「cgi-bin」という名前だった。

懐かしい。
昔の個人ホームページでは、
当たり前のように見かけたディレクトリだ。

中にはCGIのスクリプトが入っていて、
掲示板やアクセスカウンターなどがそこから動いていた。

久しぶりに自分でサーバーをいじっていると、
この名前が妙に気になって仕方がない。

昔お世話になったKENT-WEBの
スクリプトを引っ張り出してきて、
設定ファイルを眺める。

cgi-binの下に専用のディレクトリを作り、
Perlのファイルをアップロードする。
そして、おまじないのようにパーミッションを設定する。
ここまでは、何とかうまくいった。

すると今度は、SSIも試してみたくなった。
HTMLを表示するときに、
サーバー側で処理した結果を
ページの中に差し込む仕組みである。

トップページに、
LAST UPDATE : ○○○○.○○.○○
と表示させる。

ブログの記事を書いた日ではない。
ホームページそのものを最後にいじった日を、
サーバーに自動で拾わせて表示する。

HTMLを直した。CSSを直した。
ファイルを追加した。リンクを修正した。
そういう細々とした作業も含めて、
「ホームページを最後に触った日」として残す。
そのくらいの意味でちょうどいい。

ところが、ここからがなかなかうまくいかない。
画面に出てきたのは、
[an error occurred while processing this directive]
という、実に愛想のない一行だった。

SSIは動いている。CGIも単体なら動く。
なのに、組み合わせるとどうしてもうまくいかない。

設定を見直す。パスを確認する。
ファイルを調べる。ブラウザを更新する。
駄目。
また直す。
やっぱり駄目。

別に、なくてもまったく困らない機能である。
それなのに、動かないとなると無性に気になる。

『ドラゴンクエスト』の音が、
ブラウザの裏で淡々と流れている。
その電子音を聴きながら、設定ファイルを眺める。

一体、自分は何をやっているのだろうと思う。
しかし、こういう時間が案外嫌いではない。

そして、何度目かの試行錯誤のあとだった。
画面に日付が、ふっと現れた。

2026年8月15日。
思っていた通りの数字が、
何事もなかったようにページの中におさまっている。

「おお、出た」

たった一行の日付が表示されただけだった。
それでも、妙に嬉しい。

サーバーがこちらの指示を受け取って、
ちゃんと日付を返してくれた。
それだけのことで、しばらくぼんやりと
画面を眺めてしまった。

こうしてみると、
トップページの日付にも少しだけ意味が生まれる。
ブログの記事を書いた日付とは別に、
ホームページそのものを最後に触った日を残す。

記事を書いていなくても、何かを直している。
何かを追加している。サーバーの設定を変えている。
そのささやかな痕跡が、一行の日付になって現れる。
それでいいのだ。

風呂掃除をして腰を痛め、トイレ掃除を途中で放り出し、
ファミコン版『ドラゴンクエスト』を聴きながら
サーバーをいじっている。
我ながら、8月11日のあの日に始まったことにしては、
随分と妙なところへ来てしまったものだ。

ゲームからはすっかり遠ざかった。
けれど、サーバーをいじり倒すことそのものが、
今の私にとっては一番楽しいゲームみたいなものなのだから。

トイレ掃除も攻略済み。

ラベル:

8/07/2026

ハードディスク40MBから、もう一度

2000年に購入したPower Mac G4。友人に譲り、設置したときの記念写真
   最近は夜な夜なホームページの
レイアウトをいじる日々だ。
我ながら苦笑した。

25年前に戻ったのかと思えば、いや、
本当は30年以上前から何も変わっていないのかもしれない。

ファイルを整理していたら、
2009年に書いた文章が出てきた。

「赤い日記帳」という、
2001年から続けていた
ホームページについて綴ったものだった。

あの頃の私は、誰かに読んでもらうためというより、
ただ自分の居場所をネットの片隅に置いておきたかった。

手打ちでHTMLを書き、ページを作る。
もちろん、すべてを一から作っていたわけではない。
配布されていたCGIスクリプトを借り、
掲示板やカウンターを設置した。

小さな部品を一つずつ集めながら、
自分だけの場所を組み立てていく。
その作業そのものが楽しかった。

まだスマートフォンという言葉すら、
今ほど身近ではなかった。
携帯電話でネットを見ることも、
一部のサービスに限られていた。

ネットの入口は、まだパソコンの前にあった時代。
個人ホームページがネットのあちこちに点在し、
それぞれが小さな世界を持っていた。

あれから長い年月が流れ、
インターネットの景色はすっかり変わった。

便利にはなった。
けれど私は相変わらず、
自分の場所を作る作業が好きらしい。

古いガラクタに少しずつ手を入れるように、
毎晩ホームページをいじっている。

今では遊びの範囲でCGIを使わせてくれるサーバーは、
ほとんど残っていない。
その代わり、JavaScriptが昔のCGIのような
演出を見せてくれる。

画面の中で何かが動く。
それだけで時間を忘れてしまう。

レイアウトを少し直しては表示を確認する。

リンクを書き換える。

画像を差し替える。

ファビコン一枚に何十分も悩む。

そしてFTPソフトを立ち上げる。

静かなサーバーへHTMLを送り、
返事の代わりにブラウザを更新する。
そんな小さなやり取りを繰り返していると、
不思議と昔の空気が戻ってくる。

気が付けば、記事を書くより
HTMLやCSSを眺めている時間のほうが長い日もある。
そんな夜が、案外楽しい。

思えば、昔からそういう人間だった。

33年前、40MBのハードディスクを7万円ほどで手に入れた。
今では信じられない容量だが、
当時の私にとっては大きな買い物だった。

目的は、アリスソフトの『ランス4』を遊ぶためである。
まだフロッピーディスクを何枚も入れ替える時代だった。

ゲームがハードディスクから起動する。
その速さには本当に驚いた。
しかし、気が付けばゲームそのものより、
DOSの設定をいじっている時間のほうが長くなっていた。

CONFIG.SYSやAUTOEXEC.BATを書き換える。
少しでも快適に動くよう試行錯誤する。
メモリの空きを増やし、設定を変え、再起動する。

誰に褒められるわけでもない。
それでも、自分のパソコンが昨日より少しだけ快適になる。
それだけで十分に楽しかった。

結局、昔から「使うこと」より
「いじること」のほうが好きだったのだろう。

だから今も、ホームページを更新しているというより、
ホームページそのものを相手に遊んでいる
感覚のほうが近い。

訪れる人は皆無である。
代わりに、海外クローラーは時折やってくる。
それでも構わない。

ブラウザを更新する。
思っていた通りになっているか。
その返事を待つような気持ちで画面を見つめる。

「お、少し良くなった」

そう呟いて、一人で頷く。

33年前も、きっと同じような顔で
DOSの設定画面を眺めていたのだと思う。
人間というものは、案外変わらない。

パソコンの中身は、
いつしかHTMLファイルばかりになった。

しかし、それらは私にとって宝物である。
ファイルさえ残っていれば、パソコンを買い替えても、
サーバーの置き場所が変わっても、
また同じ場所を作ることができる。

誰かが用意した場所ではなく、自分の手元に残る場所。
昔から、そういうものが好きだった。

今日も、夜になるとHTMLを開き、少しだけ手を入れる。
30年以上前、DOSの設定をいじっていた頃と、
やっていることは案外変わっていない。
40MBのハードディスクを前にしていた頃と同じように。
そんな時間が、今でも心地いいのである。


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この文章を書くきっかけになった過去ファイル

2009年9月16日「あれから8年か…」

2009年10月24日「陰気くんの観察日和」

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3/28/2026

ソニー 20mm F2.8(SEL20F28)の、あの小さな違和感について


   久しぶりにカメラの話を。
ずっと使っているE 20mm F2.8(SEL20F28)。
薄くて軽くて、ポケットに近い感覚で持ち出せるレンズだ。

α6700に付けると、
それだけで、どこかへ歩き出したくなる。

この組み合わせには、だいたい満足している。
ただ、ひとつだけ、どうしても気になるところがあった。

ほんのわずかな、引っかかりのようなもの。

フィルターを付ける。
ごく普通の保護フィルターだ。

その上から純正のフードを付けようとすると、
最後のところで止まる。

カツッと、小さな音がする。

閉まりきらない。
ほんの少しだけ浮く。

たったそれだけのことなのに、
そのわずかな隙間が、どうにも落ち着かない。

気にしなければいいのかもしれない。
実際、写真には関係ない。

でも、こういうほんの少しのズレは、
使っているあいだ、ずっと残り続ける。

削る人もいるらしい。
フードの内側を、少しだけ。

あるいは、最初からフィルターを外してしまう人もいる。

どちらも正しい気はするけれど、
どこかで、それじゃないと思っていた。

できれば、何も無理をしないまま、
ちゃんと収まってほしい。

ただ、それだけの話なのに。

レンズ前にフィルターを付けないまま、
フードだけというのも、どうにも落ち着かない。

少し神経質な性分なのだと思う。
生のレンズのままでは、どこか不安が残る。

かといって、収まりきらないフィルターを
フードの前側に付けてみたりもしたが、
やはり不自然だった。
ようやく、落ち着いて検索できる時間ができて、
ひとつのフィルターに行き当たった。

HAKUBA XC-PRO EXTREME LENS GUARD 49mm
薄枠ということもあって、
手持ちのフィルターと比べると差は明らかだった。

半信半疑のまま、試してみることにした。

届いたフィルターは、驚くほど軽かった。
思わず指紋をつけてしまうくらい、薄い。

ほとんど、枠がないみたいに見える。

少しだけ緊張しながら、レンズに取り付ける。
ねじ込みが斜めになりそうで、妙に気を遣う。

ようやく、きちんと収まった。

間を置かず、
その上からフードを回す。

今までと同じ動作なのに、
途中で止まらない。

そのまま、最後まで回りきる。

カチッと、音がした。

きちんと閉まっている。

ほんのそれだけのことなのに、
少しだけ、気持ちがほどける。

ノーフィルターのときと、まったく同じ感触だった。
ただ、それだけで、
このレンズはようやく完成したような気がした。

見た目はほとんど変わらない。

でも、どこかで引っかかっていたものが、
きれいに消えている。

こういう整い方は、
たぶん写真には写らない。

けれど、持ち出すときの気分には、
確実に影響してくる。

このレンズを付けて歩くとき、
もう余計なことを考えなくていい。

軽さも、収まりも、
すべてがそのまま、ひとつになっている。

ようやく、ただ歩くだけでいい状態になった。

たぶん、同じところで引っかかっている人はいると思う。

もしそうなら、
このフィルターは、静かに効く。

派手ではないけれど、
きちんと収まる。

それで十分だと思う。

そういうわずかなズレを、
ずっと気にしながら使っていたのだと思う。

ただ歩いた先に、こういう時間がある。

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10/12/2025

サイゼリヤ静岡伊勢丹前店、午後の記録

   昔のフォルダを整理していたら、
一枚の写真が出てきた。
いまはもうなくなってしまった、
サイゼリヤ静岡伊勢丹前店の店内である。

光はやわらかく滲み、テーブルの縁を
かすかに金色へ寄せている。
窓の外では、赤と緑の看板が午後の光に溶け、
輪郭を失っていた。

ガラス越しに、街の反射がゆらいでいる。
もしあのとき、窓際の席に座っていたなら、
通りを行き交う人の影や、
バスを待つ誰かの小さな動きまで、
写真の片隅に紛れ込んでいたかもしれない。

テーブルの上には灰皿とメニュー表。
その端に、「日替わりランチ 600円」と、
控えめに印刷されている。

いまのサイゼリヤには、もう日替わりランチはない。
その一行だけが、ある時代の午後を、
写真の中に閉じ込めているように見えた。

灰皿──そう、まだ喫煙が
許されていた頃のサイゼリヤだ。
禁煙の流れが加速しても、この店ではしばらくのあいだ、
煙が特別なものではなく、
空気の一部として漂っていた気がする。

僕は喫煙者ではあるが、紙巻き煙草の匂いは苦手だ。
八年ほど前までは、どうにか受け流せていた。
いまはもう、そうはいかない。
料理の香りを邪魔するからではない。
衣服やバッグ、髪にまで残る、
あの微細な粒子の気配が、どうにも落ち着かないのだ。

だから、サイゼリヤが完全に禁煙になったとき、
ほんの少し、胸を撫で下ろした。

煙のない空気を思い浮かべながら、
写真の中の光と、「600円」の文字が、
静かな午後の感触とともに、
ゆっくりと胸の奥に戻ってくる。

ラベル:

9/11/2025

文明の心許なさについて

   ある日の午後、腹の奥でささやかな反乱が起きた。
抗う間もなく、公園の片隅で用を足す。

不測の事態というのは、
こういう穏やかな時に限って忍び寄る。
──ペーパーが、ない。

その瞬間、人は己の無力さを痛感する。
幸い、バッグの底からギャッツビーを発掘。

ギャッツビーでケッツビー──。

ひとときの清涼感と引き換えに、
一抹の恐怖が背筋を走った。

あのスースー感は、夏の風物詩としては最高だが、
尻にとっては試練である。

文明とは、案外あやふやなものだ。
パチンコ屋のトイレを好むのは、きっと私だけではない。

だが、あそこもまた勝負の行方に比例して荒廃していく。
便器に残る痕跡は、街の疲れを映す鏡のようだ。

負けた男の靴跡が乾かぬうちに、
床は人生の湿気を帯びはじめる。

くだらないと思ったなら、どうかトイレで流してほしい。

ただ一つ、真面目な忠告をしておく。
ギャッツビーは流してはいけない。

詰まります。詰まります。

そして詰まるということは──
やがて水飛沫が飛ぶということである。

飛びます、飛びます……
(誰かの声が聞こえた気がした)。

ラベル:

9/08/2025

しっかりしなさい──銀座から柴又へ


   帰省シーズンになると、テレビは決まって
空港や駅の雑踏を映し出す。
 
小学生の一人旅もそこに混じり、
迷いなく飛行機や新幹線を乗り継いでいく。
GPSに導かれながら、怯える様子もない。
 
昔なら保護者同伴が当たり前だった。
画面を眺めながら、私は首をひねる。
 
私はいまだに飛行機に乗ったことがない。
たぶん、これからもないだろう。
坂上二郎の真似で「飛びます飛びます」と言って
済ませる気がしている。
そもそも帰るべき「故郷」もない。
羨ましいというより、少し置いていかれた気がした。

それでも昔、東京──とりわけ
『男はつらいよ』の舞台になった葛飾・柴又に
行ってみたいと思ったことがあった。
男の哀愁や不器用さ。
そんなものに惹かれたのかもしれない。
いや、たぶん違う。

るるぶを買って路線図を眺めた。
新幹線と山手線まではわかったが、
柴又への行き方がどうしても掴めなかった。
 
緑や赤、黄色の線が絡まり合って、
まるで草むらの迷路のようだった。

スマホも乗換案内もない時代。
誰かに頼るしかない。

寅さん好きの先輩に相談すると、
「ちょうど銀座で長渕剛の絵画展がある。
そのついでに案内してやる」と言った。

私は長渕にも、他の有名人にも興味がなかった。
誰かのファンになったこともない。
柴又へ行きたかった理由も、
たぶん沈黙を避けるためだった。

旅は夜行列車で始まった。
朝八時の上京を想定していた私は面食らった。

東京駅に着いたのは夜明け前。
ホームは昼間のように人がいた。
画廊の開館まで時間があり、
駅の外を歩いた。

記憶はほとんど抜け落ちているが、
ひとつだけ、妙に鮮やかだ。

コンビニの前に、スーツ姿の中年が立っていた。
全身ずぶ濡れで、髪も服も滴っている。

初冬の冷気の中、川から引き上げられた
ばかりのようだった。

理由は知らない。ぼったくりにでも遭ったのだろうか。
誰も声をかけない。私も、その一人だった。

そのとき、胸の奥で声がした。
「しっかりしなさい」と。

東京という街の冷たさを、
そのとき初めて知った。

やがて朝八時。
銀座の画廊にはすでに長い列ができていた。
開館まで二時間。

周囲も先輩も「ツヨシがさぁ」
「ツヨシがよぉ」と語り合う。
曇り空の下、熱気が白い湯気のように立ちのぼる。

そのツヨシ、ツヨシ、ツヨシだらけの
世界に圧倒されながら、
私は心の中でつぶやいた。

「君たち、しっかりしなさい」と。

当時放送されていた
『ツヨシしっかりしなさい』を思い出してのことだが、
特別な意味はない。語呂がよかっただけだ。

もちろん、口には出さない。
笑顔のふりをして黙っていた。
声を重ねる人々の中で、
自分の音だけが浮いていた。

二時間待つのは退屈だった。
だが、通りの人から見れば、
私も熱烈なファンの一人に見えただろう。
その錯覚が、少し堪えた。
 
先輩は十万円の絵を買った。
右下のサインだけ直筆の複製画。
周囲でも次々と札束が動いた。
私はただ、立っていた。

そこから柴又へ向かったはずだが、
どうやって行ったのか思い出せない。

柴又駅の風景だけが、ぼんやり残っている。
映画のような人情にも、
優しい言葉にも出会わなかった。
ただ、「どうしてここにいるんだろう」と思っていた。

目的地に着いても、
物語はどこにも生まれなかった。

今ならスマホひとつで
誰にも頼らず行けるだろう。

だが、あの頃の私に「しっかりしなさい」と言うのは
いささか無責任だ。
むしろ今の私こそ、そう言われる気がする。

お金とスマホさえあれば、
ひとりでどこへでも行ける時代。
便利で、冷たい。

けれど銀座で見た「誰かを信じて声を重ねる」世界には、
結局、馴染めなかった。

いまSNSでファン同士が熱を交わす光景を見るたび、
あの日の銀座を思い出す。
外から眺めている自分だけが、また浮いている。
 
記憶に残るのは、柴又の天丼屋の匂いだ。
キスの白身がほろりと崩れ、
黒い胡麻油の湯気に溶けていく。
器の中の白さが、一瞬だけ光った。
冷たい街を歩き抜けたあとで見た、その白身。
あれが、たぶん私にとっての旅の救いだった。

ラベル:

8/18/2025

我が日本昔話──マグロと沈黙


   いま思えば、もうほとんど幻のような回転寿司屋だ。
寿司は、ベルトに乗る前に、
ちゃんと人の手で握られていた。
その所作には、急ぐ様子も、
愛想もなく、ただ静かな誇りだけがあった。

私はマグロが食べたかった。
けれど、待っていても、なかなか回ってこない。
注文するには、席の手前に据えられたマイクに向かって、
「マグロッ」と声を張らなければならなかった。
それは注文というより、自己主張の儀式だった。

内気だった当時の私は、
その儀式をどうしても通過できず、
ただ黙って、皿の流れを眺めていた。
マグロは遠く、声は喉の奥で固まったままだった。
空腹だけが先に育っていく。

それでも私は、回転トレイの上に
握りのマグロが置かれる瞬間を待ち続けた。

だが、やはり回ってこない。
不渡り、というやつだ。
マイクに向かう勇気は、最後まで湧かなかった。
仕方がないので、サーモンで繋いだ。
妥協というより、無言の抵抗だった。

時は流れ、いまの私は、
某俳優のような声色で「マグロッ」と言える程度には
図々しくなった。
振り向きざまに、ひと言。

それは自己主張というより、
ちょっとした演技、あるいは芸だった。

――と思った、その瞬間。
寿司屋は、すでにタッチパネル注文に変わっていた。
マイクは沈黙し、声は不要になった。
「内気のままでいいんだよ」と
言われているようでもあり、
「余計なことはしなくていい」と
釘を刺されているようでもあった。
声を張り上げる必要のない、静かな進化。
これは、我が日本昔話。
マグロをめぐる、ささやかな文明史だ。 

ボタンを押せば、黙ってマグロが流れてくる。
もう「マグロッ」と叫ぶ声は、
誰からも求められていない。
芸の出番も、儀式もない。
残されたのは、寿司でもなく、私でもなく、
無言で光る、液晶のボタンだけだった。

そう考えると、
マグロも、私も、
最初から居ても居なくても
よかったのかもしれない。

ラベル:

8/12/2025

踊らない者の午後

   今日も、どこかでみんなが元気に踊っているらしい。
街角の壁に立てかけられた
小さなスマホに向かって、手を振ったり、笑ったり……。
ああいう姿は、まるで「ここにいます」
と確かめている合図のように見える。

名もない人たちが、
浅い海へゆっくり沈んでいく光の粒みたいに、
映像を投稿してゆく。
なかには、水族館の片隅で揺れている
チンアナゴのように、
ただ流れに合わせて身体をゆらしながら、
声や仕草を淡く差し出す人もいる。
その細い勇気は、どこから湧いてくるのだろう。

その点、私は「見られない」ことで救われている。
ひっそり暮らして、ひっそり呼吸して、それで十分だ。

SNSは「世界まる見え」だと思われがちだけれど、
あれは実際には、顔や声を知っている
相手だけの小さな部屋だ。

もちろん錯覚の危うさはある。
だからこそ、グループLINEには近づかない。
昔、似たような寄り合いに混ざったが、
長くは続かなかった。

私のツイートだって危ういものだ。
「友達がいない」という身軽さに、
かろうじて支えられているだけだ。

若い頃は「女の子にモテたい」
と素直に思った時期もあった。
けれど今振り返ると、その気持ちは、
どこかで「人より上に立ちたい欲」
と結びついていたのかもしれない。

流行に合わせて無理をしたこともあるけれど、
もともと私は、一人遊びのほうが落ち着く性質だった。
群れに入っていたのは、ただ浮くのが怖かっただけだ。

いまは誰もいない。
自由で、穏やかで……この静けさが、案外いい。

恋愛にしても、私は
「紙の匂いがする距離」で満足してきた。
生身の女性に恋い焦がれたことはなく、
きれいな人から好意を向けられても、
「どんな感じだろう」と軽く触れてみるだけ。

愛情はアクセサリーのようなもので、
短く輝いたら、そっと引き出しにしまう。

昔は、歓楽街の情報なんて簡単には手に入らなかった。
高価なゼンリンの地図を買い、
雑居ビルの店名を眺めながら、
「ここは……そういう店かな」と想像していた。

電話帳だけが頼りで、想像すればするほど怖くなり、
無理に人と仲良くなろうとしていた時期もある。

いまはスマートフォンを開けば、何でも出てくる。
必要なのは、少しの行動力と、わずかな身銭だけだ。

今日もきっと、誰かが
「見られること」を生きるみたいに踊っている。
タイムラインの流れに、
細い身体を揺らすチンアナゴのように。

私は見られないまま、静かな部屋で小さく生き延びている。

──今日も元気に踊っているらしい。私は踊らないけれど。
ラジオ体操ですら、人前では……まあ、難しい。

そんなものなのだと思う。

ラベル:

6/09/2025

断章の地平


   街は生きている、という言い方がある。
けれども最近歩いていて思うのは、
これは「生きているふり」を
している街なのではないか、という疑念だ。

建物の壁面も、路地の角度も、カフェの看板も、
いまやスマートフォンに撮られる前提で
化粧を施されている。

人が住むための街というより、画像の背景としての街。
では本当に生きているのはどちらなのだろう、
と立ち止まることがある。

競輪場の近くでよく目にする光景がある。
新しいゲーム機の発売日、整然と並ぶ行列。
その多くがジャンパー姿の中年から高齢の男性で、
子供の姿はほとんど見当たらない。

ただの偶然かもしれないが、「いない」という事実は、
どうしても風景として記憶に残る。
時代はこうして、音もなく傾いていくのだろうか。

新聞の訃報欄を眺めて、ふと気づいたことがある。
亡くなってから出棺までの間隔が、
以前より短くなっている。
先月目の当たりにした火葬場の混雑も、
いまは落ち着いているらしい。
控室は相変わらず広いが、
見送る人はぽつりぽつりとしかいない。
十五年前に見た同じ場所の光景とは、
明らかに違っていた。

ある記憶が、今も鮮明に残っている。
一八八四年生まれの女性が、
当時流行していた歌謡曲「骨まで愛して」を耳にして、
「イヤな唄だねえ」と小さく呟いた。
その一言が、なぜか二〇二五年の今も離れない。
愛の言葉ひとつ取っても、
世代や生の感触は、これほどまでに違う。

そういえば、「大根足」という
言葉を最近見かけなくなった。
網戸に無数に這っていたウンカの姿も、
もう長いこと見ていない。
言葉も虫も、声を上げずに消えていく。

通信アプリは、通知と営業と勧誘の波で満ちている。
それでも、顔と心を知っている友人と
待ち合わせをするときには、
いちばん自然に手が伸びる。身体が覚えている距離感は、
まだそこに残っているのだと思いたい。

流れていく時間の中で、感度は確実に鈍くなっている。
子供の頃、風呂上がりの縁側で、陸軍だった祖父や海軍にいた叔父から聞いた空襲や戦地の話は、
今や遠い声になった。
悲惨さに慣れてしまった自分を、ときどき情けなく思う。

それでも、街の違和感や、人の減った控室や、
誰かの何気ない一言は、断片として
まだ自分の中に残っている。
整ってはいないが、確かにそこに、
その時々の自分はいた。

そう信じるために、こうして
書き留めているのかもしれない。

ラベル:

5/22/2025

PayPayがまだ聞こえなかった頃の、やわらかな時間


   ──「いただきました…」の女性
──あのレジの光景に、もう一度

 最近、セルフレジがずいぶん増えた。
白く光るセンサーに、ピッ。
客の私が、律儀に購入したものをひとつずつ読み取る。

ただの流れ作業。
そこに、人の温度はほとんどない。

かつて、レジには小さな人間模様があった。
だから今の味気なさが、ひどくさみしく感じられる。

今日は、そんなレジスターがまだ人の顔をしていた頃、
私が足繁く通ったドラッグストアのことを
思い出してみたい。

通い出した理由は単純だった。
ストロングゼロが、他より格段に安かったのだ。

当時の私は、ひどいアルコール依存。
ストロング缶500mlを、一日三本、時には六本。
店員たちはきっと私を
「危ない客」と思っていたことだろう。

カード決済で横柄な態度をとる人もいれば、
なぜか含み笑いを浮かべる人もいた。

――卑猥な英語ロゴのTシャツなんか着ていた、
私のせいかもしれない。

そんな、決して心地よいとは言えない風景の中で、
ある日、不意にほんわかする女性と出会った。

彼女は、どこか丸みを帯びた人だった。
脚が少し悪いのか、歩き方がぎこちない。
左右に、わずかに揺れるように歩く。

その様子を見るたび、支えてやりたくなる――
そんな衝動を、すぐに笑いで打ち消した。
けれど、そのぎこちなさが胸に残った。

彼女のレジでのカード決済は、
いまのセルフレジや「PayPay!」
の大声とは、まるで別世界だった。

チェックを終えると、
「◯,◯◯◯円になります」
澄んだ声で、はっきりと。

耳の悪い私にも、すっと届く声だった。

私はカードを渡す。
彼女は左手でそれを控えめに受け取り、
ゆっくりと差し込む。

乾いた電子音。ピピピッ。

そして、指を揃えた右手を静かに差し出し、
小さな口元から、やわらかくこぼれた。

「はい、いただきました…」

その言い方が、なんとも心地よかった。
まるで「こちらへどうぞ」と案内されるようで。

気づけば私は、その声をもう一度聴きたくて、
アルコール以外のものまで買うようになっていた。
スナック菓子、ゴミ袋、惣菜パン――
在庫は十分にあるのに。

レジは三台。三人の女性。
もちろん、いただきましたの彼女も。

順番を待ちながら、私はいつも胸が高鳴った。
中学生かよ、と自分に突っ込みながら。

けれど、彼女にあたることは一度もなかった。
人生は、思い通りにはいかないものだと、
あのドラッグストアで学んだ。

それでも私は、「いただきましたの声」を求めて通った。
店内を一回りして、いなければがっかり。
くだらないけれど、そんな繰り返しが妙に楽しかった。

――今月、Softbankユーザー向けに
「クリエイト10%オフ」クーポンが出た。

いまの私は、アルコール依存の治療も落ち着き、
純アルコール量20gの日があり、
休肝日も作れるようになった。

右手の震えは消え、
左手ももう少し――と医者に言われるほどになった。

だから、久しぶりにあの店に行った。
PayPayが使えるようになったか、確かめに。

けれど、レジから聞こえてきたのは――
情緒も風情もない、大きな声だった。

「ペイペイっ!」

その声に押し出されるように、
私はau PAYのカードで決済し、
レジの前を後にした。

もちろん、あのいただきましたの女性には会えなかった。
期待というのは、しない方がいいのだろう。

けれど――
あの声に、また出会えたら。

そんな思いを、小さなポケットにしまったまま、
今日も、暮れていく。

――うなぎ〰︎
Pay Pay Pay♫
シュンカドー

※以上、2024年12月のSoftbankユーザー
向けクーポン配布をもとにした小さな戯れ。

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4/30/2025

笑いについて


   驚きというものは、
ときどきこちらに新しい視点をもたらし、
「もう少し生きてみようか」と未来に対する、
かすかな猶予をくれる。

そんな気分で、ふっと口元が緩んだだけなのに、
「バカにしてるの?」
と問い返されたことが、何度もある。

たぶん、私の笑い方なのだろう。
表情か、声音か、あるいはその両方か。
自分では確かめようもないが、
相手の顔を見ると、だいたい察しはつく。

世の中には、「前略」、いきなりプロフィール欄で
「俺はあらゆる人間を笑わせることができる」
と書いている人が、ときどきいる。

笑いには種類がある。爆笑、微笑、苦笑、失笑。
ときには嘲笑も含まれる。
それらをすべて飲み込んだうえでの自信なのだとしたら、
それはもう、なかなか立派な精神構造だと思う。

もっとも、それが舞台に立つ人や
名の知られた芸人ならば、まだ話は分かる。
だが、「プロではない」人が自己紹介として
掲げる「笑い」という言葉には、
少し居心地の悪さを覚える。

本当はここから、自己表現としての
笑いについて書こうと思っていた。だが、右手の電話機で
短文SNSを眺めているうちに、話題はすり替わった。

画面を親指でなぞり続ける、企業アカウントの懸賞応募。
フォローして、リポストして、当選を待つ。
その単調な往復運動の途中で、
理由の分からない疲労を覚えた。

カラオケで「熱唱した」という達成感を
動画で共有する光景にも、似たものを感じる。

耳を塞ぎたくなる羞恥と、目を逸らしたくなる生々しさ。
歌声よりも、身体の置き場が定まらない動きのほうが
気になってしまうのは、たぶん私の側の問題だ。

それでも、画面の向こうでは、
それが「正しい喜び」として処理されていく。

笑うことが、誰かを和ませるのか、誰かを遠ざけるのか。
その境界は、どうやら曖昧なままだ。

明日、意図せず笑ってしまう瞬間が一度でもあれば、
それで十分なのかもしれない。
そう思える日と、思えない日がある。
今日は、どちらだったかは、まだ分からない。

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4/22/2025

40分待つのだぞ

40分待つのだぞ──

   随分前のことだが、
ピンサロ嬢が彼女だった。
惚気とも言い切れず、
かといって距離が遠いわけでもない──
その、なんとも微妙な位置にいた頃の話だ。

互いのフィーチャーフォンは、
ほぼ30秒間隔で鳴り続けていた。
光速とまでは言わないが、あの頃の文通ラリーには、
それなりに熱があった。

ところが、急に音沙汰が途絶える。
「あ、仕事が始まったんだな」と気づく。

そこから私の妄想タイムが始まる。
彼女は、言ってしまえばみんなのアイドルである。
そう思うだけで、腹の底がゆっくり捩れる。

「ウー、うぎゃー」と転げ回った……
と書きたいところだが、
実際はタバコを立て続けに吸って、
喉にイガイガが残っただけだ。

そんな情けない感情整理をしているうちに、
ほぼきっかり40分後、彼女からメールが届く。
まるで何事もなかったかのように、日常の話題で。

そういうやりとりの積み重ねのなかで、
当たり前のデートも、恋愛と呼んでいい季節も、
たしかに存在した。

だが、嫉妬をうまく処理できず、
恋人から友達へ、そして友達からそれ以下へ──
私は自分を転げ落とした。

誰が悪いというわけでもない。ただ、そうなった。

それから、ずいぶん年月を無駄にしてきた気がする。
今になって言い訳をするなら、
「あの頃はどうしようもなく若かった」─。
そのひとことに尽きる。

今ではもう、あの40分にも用はない。
今は、たまに広告メールが届くだけだ。

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4/18/2025

街と記憶のあいだで


   街を歩いていて、
どうしても思い出せない場所がある。

昔、たしかそこに
マクドナルドがあったような気がしていた。
そう思い込んで、しばらく立ち止まった。

けれど、どうも違う。

正確には、
マクドランドという名前の店だった。
いま考えれば、
ファストフードではなく、
もっと夜寄りの場所だったはずだ。

名前だけが似ていて、
記憶の中で、いつのまにか
都合よく置き換わっていたらしい。

角だったのか、
少し奥まっていたのか。
入口がどちらを向いていたのかも、
もうはっきりしない。

街並みが変わったせいなのか、
それとも、こちらの記憶が
先に摩耗したのか。
どちらとも言えない。

写真を撮りながら歩いている。
記録というより、
確認作業に近い。

ファインダーを覗くと、
肉眼よりも、少しだけ
世界が整理される。
余計なものが切り取られ、
「見ている」という行為だけが残る。

最近、視界がやけに澄む日がある。
冬の光のせいなのか、
それとも、単に
目が疲れているだけなのか。

遠くはよく見えるのに、
近くのものがぼやける。
歩幅も、いつのまにか
短くなった。

昔なら、
この通りをどれくらいで
抜けられたかを、
無意識に測っていた。
いまは、距離よりも、
途中で腰を下ろせる場所を
探している。

それでも街は、
こちらの事情など関係なく、
淡々と更新されていく。

名前の変わった建物。
用途の分からない空き区画。
どこかで見た気がするが、
確証のない風景。

思い出せないことが増えた分、
見えてくるものもある。

写真を撮るのは、
懐かしむためというより、
「いま、ここに立っている」
という事実を残すためだ。

モテたかったな、と思う瞬間が
まったくないわけではない。
ただ、その感情も、
街と同じで、
もう急がない。

名前を思い出せない場所の前で、
少し立ち止まり、
シャッターを切る。

それで、今日は十分だと思っている。

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3/13/2025

吃音障害(エアロビクス)


   イアロビック。
いあろびっく。
クッビロアイ。

そんなふうに口がもつれて、
誰に会っても私は、
名前のわからない風の音みたいに喋っていた。

ずっと標準語だと思っていた
「イアロビック」が、
じつは私だけの方言めいた思い違い――
その事実は、ある日の
とある人のひと声で、ふっと明るみに出た。

正しくは、エアロビクス。

えあろびくす。
スクビロアエ。

三度書き取りをしたみたいに
ゆっくり頭に刻み込んだつもりだったが、
舌だけは、どうにも昔の癖に手を引かれる。

そして、また
イアロビック。

相手の「イヤー」な顔ではなく、
その耳――ear――に
私の発音がそっと落ちていく。

呆れたようなまなざし、
「学ばない人だね…」という
あきらめの混じった声色。

学べないのではない。
ただ、言葉がうまく
私の口の形に馴染んでくれないだけだ。
説明しようとするほど、
さらに出口が狭くなる。

今日も、明日も、明後日も。
特定の誰かとは
たぶんケッシテ巡り会えないまま、
一期一会だけが
くるくる回っていく。

それでも、地球だけは
変わらずにまわり続けている。

――まるで、
言葉の届かない私を
やさしくフォローするように。

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2/12/2025

おのぼりさんの記憶


   恩賜上野動物園で、ふと耳にした声があった。
「観ろよヴィーナス、これがダビデ象だ……」

男の声は、たしかにどこか酔っていた。
酔っていたのは酒のせいか、
それとも東京という町そのものだったのか。
傍らのヴィーナスは、白けた目で
象の耳あたりを眺めているだけだった。
それからしばらくして──
静岡県島田市、川根町身成。

昨日、二月十一日は「初午いなりの日」だという。
初午そのものの日とは、どうやら少しずれるらしい。

朝、茶をすすりながら
新聞の折り込みチラシを広げて、
はじめてそのことを知った。

スーパーの広告には、どこか気の抜けた色合いの
「えなり寿司」が写っている。

えなり寿司。
誰が名付けたのか、少し首を傾げたくなる名前だ。

その写真を見た瞬間、ふいに思い出したことがある。
私がまだ「東京」に対する幻想を、
完全には捨てきれなかった頃の記憶だ。

浅草と浅草橋を間違えた、初めての上京。
駅のホームで、方角も分からないまま
立ち尽くしていた自分。

旅の処女作、とでも言えばいいのだろうか。
あるいは「おのぼりさん」と
題したくなる、少し赤面ものの思い出。

東京には、たしかにダビデ像もあった。
けれど、それ以上に鮮明なのは、
ワサビの効きすぎた巻き寿司の味と、
チラシの端で微笑んでいる、えなり寿司の写真。

記憶というのは、案外そんなものなのかもしれない。

ラベル:

2/11/2025

愛はえらべるPayでは買えない──ベンチに並ぶ背中

 ショッピングモールのトイレ前。
腰を落ち着けるために置かれたベンチには、
だいたい決まった顔ぶれが座っている。

モールに居場所を見つけきれなかった
男子たちの、一時的な待機所だ。

不思議なことに、
誰ひとり眠ってはいない。

みんな同じ姿勢で、
ひたすらスマホを見つめている。

その光景は、
スケッチブックに描き留めたくなるほど
揃いすぎるほど、真剣だ。

まるで、
同じモデルを囲んで
ポーズを写し取っている途中のような、
静かな集中。

それを横目に、ふと思う。

いいな、と。

情熱を注ぐ対象が、
ちゃんと手の中にあるということが。

静岡のオマチ。
信号待ちのあいだに前後左右を見渡すと、
誰もが何かに夢中だ。

画面の向こう側にある何かを、
黙々と追いかけている。

けれど、
誰かそのものに夢中な人は、
思ったより少ない。

愛は、えらべるPayでは買えない。

街が姿を変え、
店が消え、
流行が行き来するように、
考え方も、価値観も、
これからも更新されていくのだろう。

それでも、
愛だけは
アプリの一覧には並ばない。

そうであってほしい、
という気持ちだけは、
まだ手放さずにいたい。

ラベル:

11/19/2024

写真機生活、再起動――人生はレンズ交換式


   数日前、実に久しぶりに、
ファインダー付きのレンズ交換式カメラを手に入れた。
APS-Cサイズの、軽量なボディだ。

三脚ネジ穴には、小さな金具を取り付けた。
右手の小指まで、きちんと収まる。
それだけで、少し安心する。
落下防止というより、
こちらの不安定さを支えてくれているような感触だった。

レンズは、単焦点のパンケーキタイプを選んだ。
ズームは便利だが、電源を入れるたびに
沈胴するあの一拍が、
どうにも性に合わない。
迷っている間に、風景は平気で逃げていく。
スナップには、すぐ応答できる道具のほうがいい。

本音を言えば、浮気などしたくはなかった。
オリンパス――いや、OM SYSTEMが、
ペンFの後継機を出してくれていれば、話は違っただろう。
手持ちのレンズをそのまま使い、
何事もなかったかのように撮り続けていたはずだ。

だが、出る気配はない。
待つ時間にも、いつか限界が来る。

だから舵を切った。
SONYの、小さなファインダー付きモデルへ。

これでようやく、日中の強い陽射しの中でも、
構図を確かめながら撮れる。
背面モニターが鏡のように反射し、露出も勘に頼っていた、
あのもどかしさとは距離を置ける。

以前、島田市の蓬莱橋で撮った日のことを思い出す。
快晴の空の下、画面は白く飛び、
景色はほとんど見えなかった。
それでもシャッターは切った。
だがあれは、「見て撮った」というより、
「当てずっぽうに記録した」に近かった。

老後を見据えた、健全なカメラ生活。
それは単なる趣味の話ではない。

歓楽街で過ごした、曖昧な時間。
お世辞と笑顔に酔い、消えていった紙幣。
そういうヒヒジジイ的散財からは、
もう降りようと決めていた。

今さら若返るわけではない。
ただ、少年のような、曇りのない目線だけは
手放したくなかった。

ニコンも、キヤノンも、富士フイルムも、
店頭で手に取ってみた。
どれもよく出来ている。
だが、どこか重く、大きい。
毎日持ち歩くには、覚悟が要る重さだった。

その点、この小さなボディは違った。
構えよう、ではなく、
一緒に出かけようと思えた。

いまや、ファインダー付きで、
なおかつ気軽に持ち出せる
レンズ交換式カメラは、驚くほど少ない。
スマートフォンが主役となり、
撮ることは発信とほぼ同義になった。

短く、派手で、音楽付きの映像が優先される世界で、
「構えて、見る」という行為は、後景に追いやられている。

それでも、こちらはこちらの流儀でいこうと思う。
立ち止まり、構え、切り取る。
誰に見せるためでもなく、自分のために。

レンズ交換式の人生は、これからだ。
見たいものに合わせて、視点を替える。
無理のない距離で、世界と向き合う。

再起動とは、派手なことではない。
小さなファインダーを覗き直す、
その一瞬のことなのかもしれない。

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9/07/2024

白物家電に覆われつつある


   気がつくと、部屋が白物家電に囲まれていた。
家具は増えていない。
増えたのは、白くて無口で、やたら仕事熱心な連中だ。

昨日、女友達から大きな空気清浄機を無償で譲り受けた。
重い。でかい。存在感だけは堂々としている。

部屋に置いた途端、
「ここから先は私の担当です」とでも言いたげな顔をした。

デザインは正直いまひとつで、
経年の黄ばみも隠しきれない。
まるでエイジングケアを放棄した自分のようだ。
重くて、大きくて、黄ばんでいる。
空気清浄機を責めるより先に、
鏡を見るべきなのは、たぶんこちらだ。

築年数の古いアパートには、
「誰に聞いても問題ないと言われる匂い」がある。
本当だろうか。
実は自分の加齢臭を、
大人の気遣いで包み込んでくれているだけではないのか。

来客はみな、口をそろえて「気にならない」と言う。
それでも、どうしても自分だけが納得できない。
嗅覚の問題というより、
気分とか、心持ちとか、そういう曖昧な部分だと思う。

最近は、加湿器に話しかけている。
湿度を聞くと、即座に返事が返ってくる。
しかも、こちらの声量でちゃんと拾う。
なぜか敬語になってしまうのが、自分でもおかしい。

人間相手なら、
こんなに素直な受け答えは、まず返ってこない。
若い頃は「新人類」などと呼ばれていた。
それがいまでは、
家電の応答速度に感心している。
立派な旧人類である。

SNSで自己主張をする元気は、もうない。
代わりに、家電をWi-Fiに繋いでいる。
承認欲求の向き先が、
だいぶ白くて無口な方向へずれた。
しかも彼らは、
用が済めば黙ってくれる。

これは自分のためというより、
飼っているヤモリのため、
ということにしている。
そう言っておくと、
多少は人としての体裁が保たれる。

そのうち家電のほうが、
自分より部屋の事情に詳しくなるだろう。
湿度も、空気も、
たぶん自分の機嫌まで。

人間は少しずつ鈍くなり、
機械はやけに気が利く。
どうやら、そういう年代に
静かに足を踏み入れたらしい。

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7/31/2024

7月27日の停電──蒸し暑い部屋と、横着のはじまり


   7月27日、美容院へ向かうために街へ出た。
ブリーチからのカラーという、
年齢の割には手の込んだ施術をお願いしたので、
2時間以上じっと椅子に座っていた。

外は湿気を含んだ暑さで、遠くで雷が鈍く鳴っていたが、
すぐ近くに落ちる気配はなかった。

せっかく街に来たので、帰りはデパートをひと巡りする。
子どもの頃から、透明のエレベーターや
屋上が自分の遊び場だった。

その癖は大人になっても変わらず、
上へ下へと動く景色をぼんやり眺めていると、
時間が静かにすり減っていくようで落ち着く。

蒸し暑さに押されるように帰宅すると、
玄関を開けた瞬間の空気に違和感があった。
部屋が、妙にむっとしている。

レオパードゲッコーを飼っているため、
夏はエアコンをつけっぱなしにしている。
放っておくと、彼女には命取りになる暑さだからだ。

急いでケージをのぞくと無事だったものの、
温湿度計は30℃を示し、警告の表示が点滅していた。

風呂の給湯器も落ちており、
どうやら短い停電があったらしい。

中部電力の情報を見ると、
街の広い範囲が5分ほど停電していたという。

たった数分でも、帰宅が遅ければ、
ケージの中はもっと過酷な
環境になっていたかもしれない。

普段なら、美容院の帰りにふらりと居酒屋へ寄って、
気づけば午前様──が定番だ。
だが、この日はまっすぐ帰ってきた。
それだけで、ひとつの危機を避けたことになる。

日本の夏は、もはや別の国のようだ。
エアコンなしでは生活できず、
雷ひとつで部屋の環境が簡単に破綻する。

家族のいる実家なら誰かがスイッチを戻してくれるが、
一人暮らしではその
「ひと押し」をしてくれる人はいない。

ほどよい横着のままでいたくて、
スマート家電には見向きもしなかった。

だが、今回ばかりはさすがに考えをあらため、
温湿度の確認や操作ができる
スイッチボットを導入することにした。
ポイントで買えたのも大きい。

もちろん、スマート家電も停電には弱い。
100%の安心はない。それでも、
留守中の室温を知れるだけで、ひとつの心配は減る。
気まぐれな雷鳴ひとつが、生活の脆さを教えてくれる。

暑さは年々増し、台風の進路も読みにくい。
昔のような牧歌的な夏はとうに遠ざかり、
いま残っているのは、ただ静かに
観察するしかない風景だけだ。

部屋の中も、外の天気も、人の暮らしも、思いのほか脆い。
今年の夏は、それをあらためて思い知った。

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7/16/2024

最善の生き方は自分に正直になること


   久しぶりに東京タワーへ行こうかと思った。
入り口付近に立っていた、

樺太犬の像を、もう一度見ておきたくなったからだ。

調べてみると、像はすでに撤去されて久しいという。
二〇一三年頃、近代オリンピック関連の流れで
姿を消したらしい。
それを知った途端、
東京タワーへ足を運ぶ気持ちは、嘘のように萎んだ。

あの像は、あの場所にあったからこそ意味があった。
そう感じてしまう自分を、無理に言い換えるつもりはない。

過去に書き散らした短文を、まとめて残しておく。
役に立つ情報でもなく、
明日すぐに誰かの得になるものでもない。

呼び名に馴染めない代表チームの話。
今も使い続けている古い音楽プレーヤー。
店頭から消えた菜の花の辛子和えを惜しみ、
代わりにネギぬたを探して歩いた春。

背中のかゆみに、孫の手が必需品になったこと。

どれも取るに足らない。
だが、取るに足らないことの積み重ねでしか、
人は自分の輪郭を残せない。

カメラからファインダーは消え、
写真は「撮るもの」から「整えるもの」になった。
機械に話しかける生活にも、
いつの間にか慣れている。

ネットは便利になったが、居心地は良くない。
見知らぬ誰かに、
気軽に言葉を投げることはできないままだ。

人と人との「間」は、
京都の庭のように整うものではない。
そのことを、若い頃にはうまく扱えなかった。

街では、酒場よりも純喫茶が賑わっていると聞く。
色のついた飲み物や皿を眺めたい、
ただそれだけなのかもしれない。

誰もが「すぐに役立つもの」を求める時代だ。
だが私は、それをあまり信用していない。

日本は変わった。
自分も変わった。

最近は、上を向くよりも、
下を向いて歩いている。
落ちているものの方が、よく見える。

安易に約束はしない。
この考えだけは、あまり変わっていない。

最善の生き方は、自分に正直になること。
少なくとも、それだけは、
まだ手放していない。

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