6/27/2026

雨に濡れても─百貨店と、予報の精度

 私の記憶では、
昔の天気予報は今ほど当たらなかったように思う。

もちろん、当時にも降水確率はあり、
予報技術も少しずつ進歩していたのだろう。
ただ、少なくとも私の暮らしの中では、
雨は今より少しだけ気まぐれで、
どこか運任せの出来事だった。

空模様を見て出かけ、途中で降られたら軒先に入る。
そんな時間の使い方が、
当たり前のように街の中にあった気がする。

雨の日、百貨店では、
「雨に濡れても」のインストゥルメンタルが
流れていたような記憶がある。

バート・バカラックが紡いだ、
軽やかで、少し肩の力が抜けるような旋律。

館内にその音色が流れると、私はふと窓の外を気にした。

本当に雨の日だけ流れていたのか、
それとも別の日の記憶まで重なっているのか。
それはもう確かめようがない。

けれど私の中では、その曲は館内の照明や、
ガラス越しに見える湿った街の景色と結びついている。

だから音楽が、天気を教えてくれていた。

それは気象情報ではなく、
街の空気がそっと知らせてくれる天気予報だった。

買い物の手を止める人がいて、少し急ぎ足になる人がいる。
誰かが傘を広げ、その様子を見てこちらも空を気にする。

そんな何気ない時間が、店にいた見知らぬ誰かと
静かに共有されていたような気がする。

今はポケットの中の端末が、
雨雲の接近を正確に知らせてくれる。
数十分先の雨まで分かり、傘を忘れることも減った。
予定も立てやすくなった。

便利になったことは間違いない。

その一方で、空を見上げたり、
街の匂いや人の動きから
雨の気配を感じ取ったりする機会は、
少しだけ減ったのかもしれない。

百貨店もまた、昔とは違う形で
天気と向き合っているのだろう。

営業を続けるか休むか。そこには、
雨雲レーダーだけでは測れないものがあるのかもしれない。

天気予報が正確になったからといって、
迷いまでなくなったわけではないのだろう。

街では若い人たちがスマートフォンを見ながら歩いている。

私も同じように雨雲レーダーを確認し、
降り出す前に傘を開くことが増えた。

便利さを受け入れながら、それでも、
ときどき空を見上げる癖だけは残しておきたいと思う。

そんなことを考えていると、雨上がりのアスファルトから、
ふとマスカットのような甘い香りが立ちのぼることがある。

土とも違う。花とも違う。

私には昔から、雨上がりの空気が
そんな果実の香りに感じられる。

その香りに触れた瞬間、昔の雨の日の記憶が、
不意によみがえる。

昔の雨が本当に今と違っていたのか、
それとも歳月が私の記憶を少しだけ優しく塗り替えたのか。
その答えは、もうどこにもない。

ただ、あの頃は予報が少し外れることも含めて、
雨というものを今より大らかに受け止めていたような
気がする。

効率や正確さを手に入れた今だからこそ、
ときには予報ではなく、街の空気や音楽が教えてくれる
雨の気配にも耳を澄ませてみたくなる。

かつて百貨店で耳にした、あの穏やかな旋律とともに。

今でも、「雨に濡れても」を耳にすると、
私は百貨店の照明を思い出す。
あの曲が本当に雨の日だけ流れていたのかは、
もう分からない。

それでも私の記憶の中では、
雨の百貨店にはいつも、あの穏やかな旋律が流れている。

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6/24/2026

赤い車と冬の海

   2001年。まだインターネットの出会いというものに、
少しばかりの冒険の匂いが残っていた頃である。

掲示板で知り合った彼女とは、
何度かメールを交わしたあと、
沼津駅北口で会うことになった。

待ち合わせの時間より先に彼女は来ていた。
真っ赤な車だった。
その頃の私には少し眩しすぎる色だった。

自嘲気味に、ドラマの「冬彦さん」をもじって
「マザコン冬彦」などと名乗っていた私の目には、
ずいぶん都会的に映ったのを覚えている。

彼女は私の顔を見た瞬間、
ほんのわずかに表情を曇らせた。
理由は今もわからない。

後になって知ったのは、
彼女はビジュアル系が好きだった。

そう考えると、沼津駅北口で
置き去りにされなかっただけでも
運が良かったのかもしれない。

こちらだって緊張で
まともな顔をしていなかっただろうから。

それでも彼女は帰らなかった。
私は助手席に乗り込み、
車は静岡へ向かった。

途中、お巡りさんに止められた。

窓を開けた彼女が、
どこか面倒くさそうに、
それでいて妙に愛想よく、
少し投げやりに、

「OLでーす」

と答えた。

違反のやり取りが終わると、
彼女は少し不機嫌そうに、

「ムカつくなー。運転変わってよ」

と言った。

私は彼女の赤い車の運転席に座った。

ハンドルを握りながら、
赤なんて自分には似合わないなと思った。

その時、何を話したのかは覚えていない。
ただ、
「OLでーす」と答えた声だけが、
二十年以上経った今でも耳に残っている。

その後、私たちは時々会った。
年賀状を書き、
メールを送り、
たまに顔を合わせた。
そんな付き合いだった。

そしてよくCDを交換した。
彼女が貸してくれる音楽は、
当時の私なら自分から手に取らないものが多かった。

GLAYもそのひとつだった。
車で流しながら聴き、
返す頃には何曲か口ずさめるようになっていた。
そんな時間がしばらく続いた。

クリスマスが近づいた頃、
八景島シーパラダイスへ行こうという話になった。

女性とクリスマスを過ごすなど、
私には経験がなかった。
大層戸惑った。

今度は私の車だった。
彼女はGLAYのベストアルバムを聴こうといい、
そして出発した。
カーナビは付いていない車である。

デートの成否より、
ちゃんと辿り着けるかの方が気になっていた。

それでも何とか八景島には着いた。
どこの駐車場だったかは忘れた。

ただ、
少し離れた場所に停めたことだけは覚えている。

女性と遊園地に行った経験すらない男が、
いきなりクリスマスの八景島である。

しかし現実はそんなに甘くない。

最初のジェットコースターで、
私は完全に参ってしまった。

せっかく買ったフリーパスもほとんど使えず、
ベンチで海を眺めていた。

私はうなだれ、
彼女は隣で黙って携帯電話を弄っていた。

しばらくして彼女が言った。

「ケチケチすんな」

何のことだったのか、
もう覚えていない。
たぶんそういう言葉だった。

帰り道には案の定、道を間違えた。
八王子方面へ向かうつもりが、
気づけば再び金沢文庫方面の案内標識を見ていた。
要するにUターンである。

彼女は、

「ダメねぇ」

と呆れたように笑った。

私もつられて笑ってしまった。

人は痛いところを突かれると、
腹を立てるより先に笑ってしまうことがあるらしい。

彼女とはやがて疎遠になった。
理由はいくらでも挙げられる。
当時の私は友達でいることができなかったということだ。

もう少し肩の力を抜いて、
もう少し気長に付き合えていたらどうだっただろう。

そんなことを思わないでもない。

けれど不思議なことに、
顔より先に思い出すものがある。

沼津駅北口の風景。
真っ赤な車。
「OLでーす」と答えた声。
八景島のベンチ。
「ケチケチすんな」と笑われた午後。
そして車内に流れていたGLAYの「とまどい」。

曲が流れるたび、
あの頃の自分の不器用さまで一緒に蘇ってくる。
八景島で見た冬の海も、
まだどこかに残っている気がする。

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6/23/2026

くちづけのその後と、一時間半後の電話

 2000年。
街にはモーニング娘。があふれていた。
店先の有線から流れ、
テレビをつければ誰かしらが映っている。

「LOVEマシーン」ほどの知名度はないかもしれないが、
「くちづけのその後」を聴くと、
私は今でも当時の空気を思い出す。

もっとも、その曲から連想するのは恋愛ではない。
なぜか、一本の電話である。

当時、同じ職場に新卒の事務員さんが入ってきた。
十九歳。
しかも当時の安倍なつみによく似ていた。
もちろん本人にそんなことは言っていない。
ただ、こちらの脳内では勝手になっち認定されていた。

ある日、その彼女から、
「先輩、パソコン教えてください」
と言われた。

今では想像しにくいかもしれないが、
当時はパソコンが少し使えるだけでも
重宝された時代だった。

気がつけば、教える場所は
職場ではなく私の部屋になっていた。

私は隣に座ってもらい、
フォルダの作り方やファイルの保存方法を説明し始めた。
それなりに真面目に教えていたつもりである。
ただ、途中から妙に時間が気になっていた。

彼女には彼氏がいた。
しかも私の家の近所に住んでいた。
顔見知りですらなかったが、
どこの家の人かだけは知っていた。

そんな事情もあってか、こちらは
ただパソコンを教えているだけなのに、
何となく預かっているような気分になっていたのである。

ひと通り説明が終わり、
こちらもようやく肩の力を抜きかけた頃だった。

携帯電話が鳴った。
彼氏からだった。
教え始めてから、およそ一時間半後。

もちろん偶然だったのかもしれない。
あるいは、
「一時間半くらいしたら電話するね」
そんな約束があったのかもしれない。
今となっては確かめようもない。

ただ、不思議なことに、年月が経つほどその
「一時間半」という数字だけが
記憶の中で輪郭を保ち続けている。

二十六年も経った今では、その彼女の声も思い出せない。
どんな服を着ていたのかも曖昧である。

それなのに、
「パソコンを教えていたら、
一時間半後に近所の彼氏から電話がかかってきた」
ということだけは、なぜか残っている。

「くちづけのその後」を聴くたびに
浮かぶのも恋愛ではない。

パソコンの画面。
机。椅子。
そして机の端に置かれた携帯電話。

そういえば、同じ頃によく耳にしていた
「ウソつきあんた」も、
恋人同士の駆け引きを歌った曲だった。

けれど私の記憶の中では、そうした歌の内容よりも、
一時間半後に鳴った一本の電話の方が
ずっと鮮明なのである。

曲の記憶というのは不思議なものだ。

歌詞そのものより、そのときたまたま見ていた景色や、
後になって意味を持ってしまった
些細な出来事の方が長く残る。

「くちづけのその後」を聴くたびによみがえるのは、
恋の余韻ではない。
二十六年前の机の上で鳴った、あの一本の電話なのである。

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5/04/2026

24年目のEncontro(出会い)──三島広小路の踏切にて

 24年前、熱海がまだバブルの名残をかすかに引きずり、
どこか乾いた静けさに包まれていた頃、
私は三島広小路の街を歩いていた。
前年、ウクレレ教室に通っていたが、そこで、
あまりこの楽器には似合わなそうな
ボサノヴァをひとり弾いてみたいと思うようになった。

アストラッド・ジルベルトの『瞑想』や
『サマーサンバ』を繰り返し聴きながら、もう少し奥へ、
もう少し軽やかな響きを探していた。
湿り気を帯びた音に触れたくて、
手にしたのがワンダ・サーの『Vagamente』だった。

「三島広小路駅」の看板が記憶に残る、いずっぱこの踏切。
鰻の匂いと川のせせらぎが、
ゆるやかに混じり合う場所だった。
その中で、アルバムの一曲が、
不思議なくらい自然に馴染んでいた。

誰に教わるでもなく見つけたその旋律を耳にしながら、
私はそこでひとりの女性と知り合い、やがて別れた。
出来事としては、それだけのことだ。
けれど、その頃の記憶は、
あの曲と切り離せないかたちで残っている。

それから24年。熱海の風景はすっかり変わった。
人の流れも、以前とはどこか違っている。
ちょっとした用事ひとつでも、
足が重くなることがある。

だからこそ、あえて三島広小路へ向かおうと思った。
あの踏切のあたりには、当時と大きくは変わらない
時間の流れが残っている。
人に押されるでもなく、風景が過度に整えられるでもない。
その静けさに触れたくて、カメラを持ち、
あの場所をもう一度訪ねるつもりでいる。

そのときになって、気づいた。

あの頃、三島広小路の風景にこれ以上なく
似合うと感じて聴き続けていた曲のタイトルが、
『Encontro』──
ポルトガル語で「出会い」を意味する言葉だったことを。

当時の私は、その意味を知らなかった。
ただ、場所と音だけが先に結びついていた。
名前は、二十四年遅れてやってきた。

踏切が上がるのを待ちながら、
いまの自分が確かめているのは、
風景そのものというよりも、かつての自分が
そこに何を感じ取っていたのか、
ということなのかもしれない。

カメラが写し出すのは、街の輪郭だけではない。
かすかな歌声や匂い、頬をかすめた風の感触──
そうしたものが折り重なった、ひとつの像である。

その場所で、
私は今日も、あの頃の自分を確かめている。

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2/10/2026

そして薔薇と薔薇─午後の音

ローゼースー、
ローゼースー。

ロゼシアターの昔話をすると、
この And Roses and Roses が収録された
アストラッド・ジルベルトのアルバムを、
女友達にあげたことがあった。

そのとき、

「この曲、ものすごくいいね」

と言われたのをきっかけに、
自分でも、あらためて聴くようになった。

当時は、
Once I Loved や
「瞑想」ばかり聴いていたはずなのに。

あの力の抜けた音の連なりは、
気づくと耳の奥に残っている。

自宅の午後、
少し間の抜けた時間によく合う。

彼女はエステをやっていて、
その店の昼下がりにも合いそうだ。
そんな軽い連想をしていた。

結果的に、
こちらが一曲もらったような気分になった。

ロゼシアター、
それだけの出来事であった。

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8/25/2025

誠に勝手ながら、今日も明日も明後日も——あなただけを


   誠に勝手ながら、今日も明日も明後日も——
僕は、静かな夜へ移行いたします。

それは業務のためでも、体調のためでもない。
ただ、誰にも属さずに過ごすための、
僕なりの手続きです。

「誠に勝手ながら、明日は業務があるため、
今から静かな夜へと移行させていただきます」

 若い彼女からの
「今度カラオケ行こうよ」に対して、
僕が返すのは、そんな通知のような一文。

断り方に優しさも配慮もない。
たぶん僕は、ピントの合わない男なのだ。

若い子とカラオケに行くと、
彼女が選ぶのは——
言葉が詰まりすぎて、息継ぎの場所を失った曲ばかり。

誰かの痛みを、別の痛みで覆うような旋律が、
部屋の隅々まで染みていく。

僕はただ、風のようなイントロを待つ。
空気が澄み、音が立ち、言葉が届く瞬間を。

そしていつものように、
あおい輝彦の「あなただけを」を選ぶ。

イントロが流れた瞬間、空気がすっと澄む。
まっすぐで、潔くて、どこか懐かしい。

けれど彼女はスマホをいじりながら、
「ちょっとトイレ行ってくるね」と言う。

その背中に向かって、僕は歌い続ける。

「あなただけを」─

 同世代の女性なら、
「懐かしい〜!」と笑ってくれるだろう。
けれど同世代は、なぜか「あなただけに」なりたがる。

一人の人に決めてしまうと、
僕の余白は、鍵をかけられてしまう。

若い子と偶然、カラオケ以外で遊ぶこともできなくなる。

僕はただ、
「あなただけを」歌いたいだけなのに。 

でも——若い子もダメ、同世代もダメ。

結局、僕の居場所は、
モニターに映るあおい輝彦の顔だけ。

おやすみ、野菜。

今夜も僕は、誰にも届かない歌をうたう。
誠に勝手ながら、これからも一人でいたいので、
そっと眠らせていただきます。

誠に勝手ながら、今日も明日も明後日も——
僕は清々しさだけを歌いながら、
誰にも届かないまま、眠らせていただきます。

ラベル:

8/24/2025

ホンダラ行進曲──命の通過点で


   休日の午後、家にいても落ち着かなくて、
そのまま外へ出た。公園まで歩き、
空いたベンチに腰をおろす。

風も人も、ただ通り過ぎていく。
その流れの端に、自分もひっそり混ざっている。

最近、ときどき思う。
「生きるって、うまく速度がつかない日があるな」と。
深刻さとは少し違う、
底にうっすら沈む重さだけが残る日だ。

そんなときだった。
背後から、まっすぐな声が届いた。

「献血にご協力お願いしまーす」

街のざわめきのなかで、その声だけが素直に耳に残った。
求められているのは、誰かの血液だ。
けれど、缶チューハイが抜けきっていない
身体では応えられない。
断りながら、申し訳なさと、
どこか懐かしさのようなものが胸をかすめた。

求められても応えられない瞬間。
その、ほんのわずかな
距離みたいなものが、意外と身にしみた。

それでも、あの一声のおかげで、
この街の午後は、すこしだけ軽くなった気がする。

生きるのがだるい日もある。
それでも、そのだるさの奥で、
血はいつものように黙って流れている。
思い出させてくれたあの声に、
遅れてそっと礼を言いたい。

ラベル:

8/20/2025

未来から届いた無表情


   「ポーリュシカ・ポーレ」──
その旋律が、都市の夜に不意に差し込む。

The Spotnicks の演奏は、
感情の磁場を拒むかのように、淡々と響く。

宇宙服をまとった男たちが、
無表情でギターを鳴らすその姿は、
「未来の残響」が、過去の土壌をなぞる儀式のようだ。
歓声は大きい。
熱狂はある。
それでも、
宇宙はまだ遠いまま。

僕らはいつになったら、
あの見えない軌道へ届くのだろう。

乾いた問いだけが、
夜気のなかに取り残されている。

無重力希望者より。

ラベル:

7/21/2025

まだ夜でもないのに── 恋の歌が、やけに沁みる時間がある


   ナンシーとフランクの
「Somethin' Stupid」を久しぶりに流した。

やっぱり、どう聴いても美しい。
淡くて、無駄がなくて、文句のつけようがない。

なのに、その完璧さに触れた瞬間、
こちら側が少しだけ居心地悪くなる。

くたびれたTシャツ、スナック菓子、
乾ききらない洗濯物の匂い──
そんな夕暮れの部屋に、
「恋のひとこと」は似合っていない。

分かっていても、再生を止めないのは、
美しさへの憧れか、
そこに手が届かない自分への、
妙に乾いた諦めか。

ふたりの声が重なるたびに、
こちらの惨めさまで
一緒に混ざっていく気がする。

そして、それを悪くないと思う自分が、
案外いちばんどうしようもない。

ラベル:

2/11/2025

MRI検査を前にして──小さな悲劇

 ビー・ジーズが頭の奥で鳴っている。
なぜだろう、ニューヨークの地下で汗まみれに働く
炭鉱夫の姿まで勝手に浮かんでくる。
不安とは、脳内の選曲にまで口を出すものらしい。
病院から届いた注意書きには、素っ気なく
「ヒートテック着用不可」とあった。
どうやらMRIという機械は、
人の温もりの仕掛けにも敏感らしい。
薄い検査着一枚で横たわる未来を思うと、
冬の空気が早めに肌へ触れてくる。
そして続く注意書き。
「カラーコンタクト・カツラなどの装飾物は禁止」
虚飾はいったん外し、内臓の輪郭まで差し出せ、
と言われているようだった。
端に描かれたイラストはどれも気が抜けていて、
こちらだけが妙に身構えている。
※補足:
実際の書類をそのまま載せるのははばかられたので、
AIでおとなしく描き直してある。
 
ふと、昔のことを思い出す。
掲示板をさまよいながら、
「これだ」と思う画像を拾っていた頃だ。
見つけたものは、そっと保存した──

そう、あの頃はまだフロッピーディスクだった。
音も記憶も、指先ひとつで巻き戻せた時代。
身体の中身まで誰かに見せる必要など、
どこにもなかった。
 
検査の日が近づくたび、
いまの自分がどこまで剥がされるのか少し考える。
けれど、巻き戻しのきかない年齢になっても、
まだこうして笑える自分が残っているなら、

それで十分だと思う。

ラベル:

2/04/2025

廃墟の鳩と、ヨーカドーの白い影


   今夜はGS──いや、ガソリンスタンドではない。
ふと胸の奥で、グループ・サウンズの残響がゆらぎ、
気づけば「廃墟の鳩」を聴きたくなっていた。

古いアルバムをめくると、店先を写した一枚が出てきた。
あの頃、ヨーカ堂から鳩のマークが消え、
7&iのロゴだけが取り残されていた短い季節のことだ。
店は変わらずそこにあるのに、
街の空気だけがどこか薄く、
輪郭のぼやけた白さが漂っていた。
思い出すのは、建物の縁から
ふわりと飛び立った一羽の白い鳩。
その記憶は、まるで二階、三階、
五階と誤解まで入り混じるほどに曖昧なのに
その白さだけはやけに鮮やかに残っている。

そして今、鳩はロゴにも、店先の現実にも戻ってきた。
ヨーカ堂の柱の縁で、「ここが定宿だ」
と言わんばかりの顔つきで羽を休めている。

写真を並べてみると、鳩のいなかった頃と、
戻ってきた今とでは、店がまとう気配がまるで違う。
ロゴひとつで、街の温度まで変わって
しまうのだから、不思議なものだ。

そんな写真を眺めているうちに、
中学一年のあの日を思い出した。
三分間スピーチという無茶な企画。自分の番が来て、
頭の中が真っ白になり、最後に
すがったのがザ・タイガースの「廃墟の鳩」だった。

アカペラで歌い出した瞬間、教室がざわめいた。
先生もクラスメイトも、意外な選曲と、
勢いだけで踏み出した自分をおかしそうに笑った。
あれはいまでも、小さなポケットの奥にしまった
青春の欠片として、静かに息をしている。

看板に鳩が戻ったという事実が、
その記憶とどこか重なる。
街の色彩がひとつ、
そっと息を吹き返したように思えるのだ。

鳩のマークが戻った店先を横目に、白い影にごくわずか、
あの頃の自分を重ねてみる。
静かに「廃墟の鳩」を思い浮かべながら。

ラベル:

1/26/2025

酒場の片隅、ひとときの残響


   先日、カラオケフリーのキャバクラで、
ふと声を出してみた。

ピーターのあの曲を歌ったら、
隣の席の男に「うまいねえ」と言われた。
気のいい声だった。
年齢は、たぶん似たようなものだ。

歌をほめられるなんて、
ずいぶん久しぶりだと思った。

国鉄関係の人たちが集まる、
小さな酒場の並ぶ横丁があった。
あそこも、カラオケは無料だった。

美川憲一の「さそり座の女」を歌うと、
声や身振りが似ていると笑われた。
店の女の人まで一緒になって……。

オヒネリが飛んできた。
あれを、モテ期と呼ぶには、
少しみすぼらしい気もするが、
悪くない夜だった。

その晩、最後に入れた曲が──
「夜と朝のあいだに」だった。

ラベル:

6/03/2024

グソクムズ「ガーリーボーイ」


   今日は、久しぶりにここをメモ帳代わりにしている。
特別に言いたいことがあるわけではない。

ただ、あれから、空腹になると少し妙な
感覚を覚えるようになった。
下腹部の奥を、内側からきゅっと掴まれるような感じ。
あるいは一瞬、呼吸が止まるような感覚。
書きようによっては不快に聞こえるが、実際には
そうでもない。
むしろ、感覚が研ぎ澄まされるようなところがある。

部屋の音環境を変えたせいかもしれない。
低音がよく出るように整えた結果、
気づけば、スピーカーは九台になっていた。
音が、床や壁を伝うというより、
身体の中心を直接叩いてくる。

その状態で、radikoを流していた。
私が昔から好んでいる、少し古風な媒体だ。
偶然か、運がよかったのか、
そこで一曲、強く引っかかるものに出会った。
グソクムズの「ガーリーボーイ」─。
昭和のフォークソングを思わせる、
切なくて、どこか懐かしい曲だった。
一度聴いただけで、これは忘れたくないと思った。
だから、こうして記している。

この曲を九台のスピーカーで同時に鳴らすと、
自室が小さなライブハウスのようになる。
音量の問題ではなく、音の密度の話だ。
身体の内側が、静かに満たされていく。

耳から入る感覚は、思っている以上に人に作用する。
気分が少し持ち上がり、
夜の時間が、過剰に重たくならずに済む。

最近は、そういう瞬間があれば十分だと思うようになった。
何かを劇的に変えなくてもいい。
ただ、無事に一日を終えられれば、それでいい。

今は、グソクムズの「ガーリーボーイ」を流しながら、
腹に響く低音を確かめている。
それだけで、今日は十分だ。

ラベル:

1/21/2024

パリは遠く、仕立て屋は近くに──未発売フランス映画のこと


   私は、動画よりも写真を、漫画よりも活字を好む。
想像の余地が残るほうが、落ち着くからだと思う。

足りない部分を補いながら受け取る。
そのひと手間が、心地いい。

ネットを使い始めたのは、まだ回線が遅く、
写真一枚の表示にも時間がかかっていた頃だ。

自然と、軽いテキストばかりを読んでいた。
画像を見るなら、雑誌のほうが早かった。

やがて定額制になり、
画像も動画も一瞬で開くようになった。
文章を、腰を据えて読める環境が
ようやく整ったのは、その頃からだった。

今では、スマートフォンひとつで
何でも観られる。

私も動画を観ることはある。
ただ、いわゆるYouTuberの配信には、
あまり惹かれない。

代わりに好むのは、紀行や歴史番組、
50〜60年代の音楽や映画の予告編だ。

さて、ここからが本題になる。

1992年公開のフランス映画
『仕立て屋の恋』─。
孤独な仕立て屋の男が、
向かいの部屋に住む若い女性を
毎日決まった時間に覗き見る。

明るい話ではない。
だが、犯罪の一歩手前を
どう描いているのかが気になった。

観終えたあと、妙な感動が残った。

軽い気持ちで何人かに勧めたが、
反応は芳しくなかった。

主人公の印象が、
そのまま私の人格に重ねられたのだ。

ある女性とは、それがきっかけで疎遠になった。
今思えば、当時の周囲は
明快なハッピーエンドを好む人が多かったのだろう。

陰影のあるフランス映画は、
受け入れられにくい環境だった。
たまたま、そういう場所にいたのだと思う。

もう一本だけ、触れておきたい。

1967年の作品「パリのめぐり逢い」─。

この映画は、いまだ観ることができていない。
日本では、正式に発売も配信もされていない。

調べていくと、戦争に関わる描写が
問題視されているらしいことが分かった。

YouTubeで該当部分は観られる。
だが、それが配信を妨げるほどのものかどうか、
判断は難しい。

ネットがテレビに近づき、
企業が慎重になるのも理解はできる。

それでも、
知りたいと願う人間に対しては、
そろそろ解禁されてもいいのではないかと思う。

この映画に興味を持った理由は、ただひとつ。

主題曲のメロディが、あまりにも美しかったからだ。

60年代のフランスが、不倫を含んだ大人の関係を
どう描いていたのか。その空気に、触れてみたい。

ラベル:

11/21/2023

涙くん、またね。—Goodbye Mr. Tears 再考


   このところ、ずいぶん息苦しい世の中だな、
と苦笑いしながら日々をやり過ごしている。
気がつけば、人生の終い方なんて言葉が、
ふと頭の端をかすめる歳にもなった。

図々しく生き延びてきたせいか、
世の中の癖のようなものが妙によく見える。
人の顔つきひとつで、その日の機嫌や
性格の襞が、なんとなく分かってしまう。
ありがたくもない感覚だけが、静かに研ぎ澄まされていく。

若く、どこか光をまとった女たちが、
ときどきふっと冷たい表情を見せるのは、
きっと今を全速力で生きている証しなのだろう。
その眩しさの裏で、こちらの歳の重みが、かすかに軋む。

ただ、選挙の候補者写真だけは、どうにも馴染めない。
最新のアプリで磨かれた顔ほど、
その奥にある計算が妙に透けてしまう。

誰に一票を託すか迷っているうちに、
日曜は気づけば少しくたびれている。
これもまた、現代の通過儀礼らしい。

そんな折に思い出すのが、坂本九さんだ。
会ったこともないのに、

「この人はきっといい人だった」と、なぜか疑えない。
声に宿る清らかさとは、こういうものなのかもしれない。

けれど今日、耳にした「涙くんさよなら」は、
九さんではなく、ジョニー・ティロットソンの歌声だった。
抑制のきいた、肩の力を抜いた歌い方。
初めてこの曲を好きになったときの感覚が、
そっと戻ってくる。
ひとりハモりの妙技も、歳月を経たいま聴くと、
なおさら胸に沁みる。
今のカラオケには九さんのヴァージョンしか
残っていないけれど、当時のヒットが
ジョニーだったという話にも、不思議と納得がいく。

涙くんは、別れを告げて去っていく存在ではない。
忘れたころに、ひょいと戻ってきて、
肩先にそっと触れてくるようなものだ。
そんな夜が、たまに訪れてくれれば、それで十分だと思う。

ラベル:

11/16/2023

退屈という贅沢──「Once I Loved」をめぐる午後の空想


   人は平和を欲する。
それは、住職の法話に滲む仏教的な視座からも、
街角の会話からも、たぶん多数派の願望だろう。

けれど、平和とは、時に退屈の別名でもある。
静けさの中で、何かが欠けているような感覚。
それを贅沢と呼ぶか、空虚と呼ぶかは、
聴く音楽によって変わる。

今日の音楽は、アントニオ・カルロス・ジョビンの
ボサノヴァ。
英語で歌うのは、アストラッド・ジルベルト。
「Once I Loved」─。
この曲は、退屈の対義語ではない。
むしろ、退屈の奥に沈んでいる、
まだ言葉にならない感情を、そっと揺らす。

何かを決めきれない午後や、
気持ちの行き先が定まらない瞬間、
ふと、この曲が浮かぶことがある。

歌詞は、あってもいいし、なくてもいい。
英語のまま、意味を追わずに。ただ音だけを受け取る。

日曜の午後、気だるい空気の中で、
ひとり、静かな場所に身を置きながら。

煙草も酒も、いらない。耳を澄ませるだけでいい。
それは、何かを鍛えるためではなく、
手放しかけていた静けさを、そっと思い出すための、
小さな儀式なのかもしれない。

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11/08/2023

烏龍茶でシャンプーして頭皮の皮脂を撲滅したい


   今日の自己顕示欲は、ふとした瞬間に、
グレッチのギターを颯爽と操る自分──
そんな幻を見てしまったところから始まった。
きっかけは、チェット・アトキンスの演奏動画だ。
ただそのリンクを貼るだけの記事のはずだったのに、
数分の演奏を聴いただけで、
完全に心を持っていかれてしまった。

なんという音。
アームを触れる指先のわずかな軌道にまで、
生まれついた感覚が宿っている。
これぞソロギターの到達点、とでも言うべきものだ。

けれど、僕は知っている。
何年ギターを握り続けていようと、
かつてギター部に在籍していようと、
越えられない壁があることを。

今の僕が、本気で烏龍茶でシャンプーして
頭皮の皮脂を撲滅しようとするくらいには、
努力と結果が、必ずしも結びつかない領域がある。

もし誰かが幸運にもグレッチを譲ってくれたとしても、
たぶん僕は、それを飾って眺めるだけだろう。
やがて手放され、別の誰かのもとへ行く。
その頃、僕はきっと手狭で静かな部屋に入り、
高温の炎に還り、骨になる。
それで、すべてがふっと軽くなる。

──そんなふうに考えてしまう時点で、
もう演奏よりも物思いの方に熱を入れてしまっているのだ。

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10/16/2023

テルスターと顎関節症の夜に ──まだ宇宙旅行はできそうにないね


   昨日に続いて、エレキギターの話をする。
ボーカルのない音楽が好きだ。
とくに、エレキのインストゥルメンタル。
歌詞がない分、聴き手の側で勝手に物語が始まる。
それは、誰にも邪魔されない、静かな妄想だ。

英国のトルネイドーズを知ったのは、
ベンチャーズ経由だった。
ベンチャーズは、シャドウズの《アパッチ》も、
シャンティーズの《パイプライン》もカヴァーしている。
どれも見事な演奏で、文句のつけようがない。

ただ、《テルスター》だけは違った。
本家の音は、明らかに遠くまで飛んでいた。

YouTubeで初めて聴いたとき、理屈抜きに、
これはすごいと思った。
あの音は、たしかに宇宙を志向していた。
──それにしても、
六〇年代のスペースロックから、もう六〇年が経つ。

それでも、宇宙旅行はまだ日常にならない。
この国では、空よりも地面のほうが、ずっと現実的らしい。

顎が痛む。
右の首、右の肩も重たい。口を大きく開けることすら、
少し億劫だ。
身体のどこかがうまく動かないだけで、

宇宙は、ずいぶん遠くなる。食事は、自然と慎重になる。
音楽のようには、身体は思い通りにならない。

追記として、
シャンティーズの《パイプライン》も挙げておく。
ベンチャーズの鋭さとは違い、
オルガンの響きが、夜の街によく馴染む。
少し湿った、都市の音だ。

宇宙には、まだ行けそうにない。
今夜はせいぜい、音の中で、その距離を測るだけでいい。

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10/15/2023

If I Needed Someone(恋をするなら)──美しすぎるコード進行

 YouTubeの画面に、1966年の武道館が映っている。
もちろん、音源は当日のものではない。
ジョージ・ハリスンが観客に手を振る姿もない。
ただ、映像のざらつきだけが鮮烈だった。

「恋をするなら」が流れ出す。
彼は赤いリッケンバッカーの12弦を抱えていた。
いつものカジノではなく、この曲のためだけに
選ばれた楽器。

和音が鳴った瞬間、会場の空気が細かく震える。
乾いたきらめきが広がり、アルペジオは

わずかに変則的な切れ目を持ちながら進んでいく。

コード進行は単純だ。けれど、異様なほど美しい。
退色した時代の色が、むしろフィルターのように
洒落て見えた。

──かつて、その音を真似していた男がいる。
フェンダージャパンのストラトを握り、
カポタストも知らぬまま、
延々とセーハで押さえ込んでいた。
後半には指が疲れ、弦はミュートされ、
12弦の響きには届かず、アンプをいじる手だけが
空しく動いた。

その不器用な記憶のせいで、
いま画面の中のリッケンバッカーは、
やけに遠く、そしてひどく眩しい。

2023年10月15日。
日曜の午後、アフタヌーンティーの横で流れていた
小さな映像。
それだけで十分だった。

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9/02/2023

質のいい口パクに出会う午後

 今日は短く書く。
三十年ぶりに観た映像が、
YouTubeの片隅で、ほこりでも払うように現れた。
まさか、こんなところで拾うとは思わなかった。

ライブかと思えば、口パクだった。
けれど、不思議と噓くさくない。
当時の空気が、そのまま画面に居座っている。

それにしても、演奏の自己主張の強さが痛快だ。
特にベース。
速いというより、追いつけない。
指先が勝手に転がっていくような音。
もうリードギターの役回りに近い。

最近、ベースが再評価されているが、
こういう演奏が静かに拡散しているせいもあるのだろう。

ドラムとベースとギター。
ただそれだけで、一かたまりの音圧になる。

六十年代という、
変化が遠慮をしなかった時代を、
また思い知らされた。

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