5/30/2026

誰も帰ってこなかった未来

 2025年3月。

夜の静岡駅周辺を少し歩いた。

昼間には気にならない広い道路や、
必要以上に明るい照明が、
夜になると急に別の街みたいに見えてくる。

人影はある。

車も走っている。

けれど、どこか現実感が薄い。

古いSF映画の背景画というか、
1960年代の人たちが想像していた未来都市というか。

少々とってつけたような話になるが、
この日、耳にはベンチャーズの『In Space』が流れていた。

信号は律儀に色を変え続け、
車は途切れることなく走っている。

それなのに、街全体は妙に静かだった。

写真を見返しているうちに、
アルバムの中でも
「He Never Came Back(帰ってこない男)」
が頭に浮かんだ。

あの頃の人たちが想像していた未来は、
案外こういう風景だったのかもしれない。

高層ビルが林立するわけでもなく、
空飛ぶ車が行き交うわけでもない。

それでも十分に未来ではある。

ただ、子供の頃に思い描いていた2025年は、
もう少し賑やかな場所だった気がする。

人々はもっと夜の街を歩き、
駅前には今より人の気配があり、
未来というものは少し華やかなものだと思っていた。

便利にはなった。

けれど思っていたのとは少し違った。

ただ広く、明るく、どこまでも整備された夜の街。
「Moon Child」の光に包まれたような雰囲気もいい。

けれど、この夜の静岡には
「He Never Came Back」のほうが似合う気がした。

誰かが帰ってこないのではない。

子供の頃に思い描いていた未来そのものが、
どこかへ行ったまま
戻ってこなかっただけなのかもしれない。

誰も待ってはいない。

誰も急いでもいない。

ただ静かな未来の夜だけが続いていた。

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4/15/2026

しぞーかのオマチは、用事だけ


   通院のついでに、街へ出た。
もちろん、買ったばかりのFUJIFILM X-E5をぶら下げて。

オマチは、もう用事があるときしか
来ない場所になっている。
相変わらず、帯状疱疹の治療のついでだ。

それでも新しいカメラを持てば、
何かひとつくらいは引っかかるだろうと思っていたが、
結果は変わらなかった。

撮るところがない。

──このカメラを選んだのは、チルト液晶だった。
店頭で触れて、そのまま決めてしまった。
ほとんど衝動買いに近い。値段も、軽くはなかった。

α6700に20ミリを付ければ、同じようなことはできる。
だが、あちらのバリアングルは、どうにも落ち着かない。
ローアングルに構えるだけで、余計な手間が増える。
動画も撮らないし、自分を写すこともない。

結局、こういうかたちに戻っている。

新静岡セノバの前を抜け、駿府城公園へ向かう。
観光客は多い。外国人も多い。
だが、それらはすでに風景として均されていて、
どこにも引っかからない。

店も減った。
いや、減ったというより、残っているものから癖が抜けた。

X-E5のフィルムシミュレーションは
クラシッククロームのまま、
しばらく歩いたが、シャッターは切れない。
撮れないのではない。撮る理由がない。
結局、プラタナスだけ撮った。
あれには毎回、逢いに行っているようなものだ。

その前で、ベルビアに切り替える。
街では何も起きなかったが、そこだけわずかに色が戻った。

公園では、外国人が記念撮影をしていた。
手にしているのはカメラではなく、スマートフォン。

徳川家康像を撮り終え、
立ち去ろうとしていた日本人の女性に声をかけ、
撮影を頼んでいる。
女性は応じ、縦位置と横位置で二枚、
律儀にシャッターを切った。
外国人は、陽気なポーズを取っている。
少し離れたところから見ていると、
その動きに迷いがない。

女性は、縦では脇を締め、きちんと構えているのに、
横にすると途端に気が抜ける。
その落差が、妙に印象に残った。
観光客に紛れるようにして、
少し離れた位置からシャッターを切る。
こういうとき、X-E5の外観は都合がいい。
ファインダーを覗いているだけで、それらしく見える。

見慣れた徳川家康像も、その日は少し違って見えた。
像そのものではなく、その周囲にある関係を撮る。
誰もいない、再建されたばかりのやすらぎの塔。
整備はされているが、誰にも見られていない。
あれが、今の街の象徴かもしれない。
数枚だけ撮って、帰った。

無理に粘ることもなく、
両耳をイヤフォンで塞ぎ、ラジオを聴きながら、
話しかけられない顔をつくる。
こういう終わり方でいい。

夜遊びをやめて一年になる。
あのまま続けていたら、
このカメラは手元になかっただろう。

もっと早く気づけば、とも思うが、
あれはあれで、必要な遠回りだった気もする。

X-E5は、良い。

撮れなかった日でも、持ち出して、数枚だけ残せる。
それだけで十分だと思える。

オマチには、もう用事だけで来ることにする。

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3/17/2026

痛みのあとの、迷彩模様


   久しぶりに、駿府城公園のプラタナスと向き合った。
「再会」と呼ぶには、こちらの身体が少し痛んでいた。

この二週間、帯状疱疹という厄介な病に伏していた。
神経を逆なでするような痛みに耐え、
ほとんど寝たきりの生活。
治療を終え、その足で公園へ向かいながら、
衰えた筋力に思わず苦笑する。

カメラを構える指先も、どこか重い。

見上げた先には、いつものプラタナス。
剥がれ落ちた樹皮の迷彩模様が、
首筋から頭皮に現れた斑点とどこか似ていて、
妙な親近感すら覚える。

去年の十一月半ば、
あれほど葉と実に満ちていたこの木も、
いまはすっかり身軽になっている。
プラタナスを見ると、理由はうまく説明できないのだが、
はしだのりひことシューベルツの「風」を思い出す。
今回は思い出すだけでは足りず、
あらためて聴き返した。
「振り返らず、泣かないで歩くんだ──」
あの一節だけが、残った。

消え入りそうな体力をかき集めながら、
「歩くんだー」というフレーズを、
文字通り一歩ずつなぞっている。

以前の日記に、こんなことを書いていた。

最後の「歩くんだー」だけ、
なぜかワンオクターブ上げる謎アレンジ。
そこで曲が終わってしまうのである。

原曲は、実はまだ続いていて、
そこには風が吹いているだけー、
最後には吹いているだけーの
フェードアウトで終わる曲だった。

途中で略して終わるのが、どうしても好きになれなくて、
その部分だけ、引き続きそっと声をだした。
みんなの歌声の中で、
一人だけ続きを歌い、フェードアウトする感覚。

──引用終わり。

あのときは笑っていたその違和感が、
まさかリハビリの掛け声になるとは思わなかった。

通院の帰り、少しだけ遠回りをする。
三月も半ばを過ぎ、額にかすかな汗がにじむ。

ベンチに腰を下ろすと、
冬の名残と春の兆しが混ざり合った空が、
驚くほど青かった。

いまの自分には、
無骨で、それでいて確かな生命力を宿した
スズカケノキの「鈴」のほうが、
どんなイルミネーションよりも静かに輝いて見える。

猪鹿蝶のような華やかさには、まだ手が届かない。
けれど、この枯淡なモノトーンは、
不思議と心地よい。

モザイク越しに憧れていた
「ナツロス」の季節は、まだ先だ。
まずは、プラタナスの樹皮のように、
剥がれ落ちては新しくなる時間を、受け入れていこう。

痛みとともに、春を待つ。
フェードアウトしかけていた身体に、
ゆっくりと音が戻ってくる。

私なりの、
スローなフェードインの始まりである。

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2/03/2026

島田市大代のジャンボ干支──午年、アト、1分


   ジャンボ干支を見に行った。
賀正の文字はすでになく、
代わりに立っていたのは「交通安全」の看板だった。
暦の上では、正月をとっくに外れている。
年が明けた、というよりも、
もう明けてしまったあと。
そういう時間帯にだけ残る正月だった。

今回はカーナビを使った。
番地がはっきり分かるようになったこともあるが、
いちばんの理由は、逆光を避けたかったからだ。
縁起物を撮るにしても、
わざわざ顔色の悪い時間を選ぶ必要はない。
急ぐ理由もなく、
前回のように記憶と勘だけで走る気分でもなかった。

更新の早さが売りのはずのカーナビには、
相変わらず「五和駅」と表示される。
けれど実際の標識には「合格駅」とある。
いつまで経っても、両者は歩み寄らない。

県道を進むと、例の案内看板が見えてくる。
近づくにつれて「干支」が「エト」になるのを見て、
以前はひとりで笑った。
さて、今回はどうだろうかと思いながら車を進めると、
いちばん近い看板に、こう書いてあった。

「アト、1分」

……やっぱり、笑ってしまった。
エトの次は、アト。

偶然なのか、意図なのかは分からない。
ただ、この看板を作った人とは、
言葉のどこで引っかかるかが、たぶん似ている。
車を停めたとき、周囲に人の気配はなかった。
前回訪問時の年末に感じたあの賑わいが嘘のようで、
広い場所に干支だけがぽつんと立っている。
「順番待ち」の表示が目に入り、
それにも、やはり笑ってしまった。
待つ人も、追い越す人も、今回は誰もいない。
まずは正面から、干支の馬を見る。
右側の馬だけが目が赤く点滅している。
拝むというより、
こちらの来訪を確認されているような顔つきだった。
正月らしいといえば正月らしいが、
どこか拍子抜けするほど率直でもある。
少し距離を詰めて、望遠に切り替える。
正面では足りなかった理由は、
近づいてみてはっきりした。
藁の一本一本が、
時間の経過をそのまま抱え込んでいる。
背景には電線が入り込む。
正直、邪魔だとは思う。
けれど、避けきれない。
この馬が立っているのは、
祭礼の奥ではなく、生活の延長線上なのだと、
電線がしつこく教えてくる。

逆光を避けた時間帯は正解だった。
藁は影にならず、必要以上に神々しくもならない。
干支が干支として、ちょうどいい温度でそこにいる。
気づけば、馬は二匹いた。
一匹では足りなかったのだろう。
縁起のためというより、
人がそう配置した、その結果として。

今年は午年だという。
年回りの話が、少しだけ外をざわつかせている。

けれど、この場所では、巳年から午年に、
何事もなかったように、順番が回ってきただけだった。

その脇に、もうひとつ藁の像があった。
正月の文脈で考えると、少し場違いだが、
どうやらトランプ大統領を模したものらしい。
正面から見る限り、正直よく分からない。
似ているかと聞かれれば、少し首をかしげたくなる。
ところが、後ろに回った途端、妙に腑に落ちた。
首から背中にかけての線、全体の重心の置き方。
これはもう、トランプというより、
トリンプの社長ではないか、と思った。

何枚か写真を撮り、そろそろ帰ろうかと思った、
そのとき、背後に人の気配がした。

女性が二人、歩いてきて、すれ違いざまに、
「おはようございます」と声をかけてくる。

この場所でその挨拶を受け取るとは思っていなかったので、
少し間を置いて、同じ言葉を返した。
会話はそれで終わり、理由も説明もない。

午年の馬と、背中だけが妙に印象に残る藁の像と、
「アト、1分」という看板と、
順番待ちの必要がなかった朝。

年明けのジャンボ干支は、
だいたい、そんな感じだった。

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1/12/2026

近場で始まった、2026年


   年末から正月にかけて、少しゴタゴタがあった。
そのせいで、初詣にも行けずじまいだった。
一昨年の年末から去年の正月にかけては、
ずいぶん広い範囲を「お散歩カメラ」
していた記憶がある。

思いつくまま歩いて、撮って、戻る。
あの頃に比べると、最近の行動範囲は、
ずいぶん狭くなった。

今では、買い物のついでに、
車のリアシートに積みっぱなしのカメラを、
ふと思い出したように持ち出すだけだ。

年末年始のスーパーは、
どこもかしこもファミリーで埋まっている。

ファミリーオードブル、ファミリーサラダ。
整然と並ぶそれらは、
一人ではどう考えても食べきれない量ばかりだ。

お気に入りだったサラダ寿司は姿を消し、
迎春用の寿司が、
「毎年ここにいます」と言わんばかりの顔で、
棚を占領している。

「もう一品、欲しいぃにゃー」

心の中でそんな独り言をつぶやきながら、
これは買い物なのか、
それとも年末年始の何かの儀式なのか、
自分でもよく分からない時間を過ごす。

カップ麺のまとめ買いを済ませ、屋上駐車場へ戻る。

見上げると、富士山は今日も異常なし。
この日はポイント五倍だった。
松島やああ松島や、と言いたいところだが、
もう一品のお惣菜が手に入らなかった腹いせに、
「ファミリーやああファミリーや」と、
心の中で富士山に向かってつぶやき、
シャッターを切った。

レンズを左に振ると、遠くに伊勢丹が見える。
静岡のオマチは、ここからそれほど遠くない。
それなのに、ゴタゴタ続きのせいか、
やけに果てしなく感じられた。
写真の世界でも、
伊勢丹をもう少しこちらに引き寄せるには、
もっと長い望遠レンズが必要だな、と、ぼんやり思う。

気がつけば、スーパーへの買い物が、
ほぼ唯一の「お出かけ」になっていた。

そんなある日、いつもの道で、
少し心が動く光景に出会った。

赤いホンダ・フィットに正月飾りをつけた、
高齢の男性が、何食わぬ顔で走っていたのだ。

高齢者マークも、簡素な飾りも、
特別に気にする様子はない。
ただ、淡々と、新年を迎えている。

その姿に、最近すっかり見かけなくなった、
素朴さや懐かしさのようなものを感じ、
「今年は、いいことがあるかもしれない」
と、不意に思った。

少し高揚した気分のまま、
お気に入りの屋上駐車場に車を止める。
売り場のざわめきも、年末年始の空気も、
ここまで来ると、少しだけ遠のく。

マイペースに見えるカラスが一羽、
こちらを気にする様子もなく、止まっていた。

この日は、サラダ寿司と、
今年はじめての対面を果たした。

夜の自由時間。
特に年末年始は、あまり面白いテレビもない。

久しぶりにネットサーフィンをしてみるが、
最近のネットは、リンクを踏んで
少し遠くへ行こうとした途端、
広告の窓が次々と割り込んできて、
あっという間にワイプアウトしてしまう。

特にスマートフォンでは顕著で、
こちらが勝手に遠出することを、
どうやら許してくれないらしい。

どこかへ行こうとするたびに、
腕をつかまれ、「ここにいなさい」
と言われているような気分になる。

常時接続の時代になって久しいが、
五秒動画や、強制的に始まる音声を見せつけられては、
腰を落ち着けて旅に出る気力も、削がれてしまう。

気がつけば、巡回しているのは限られたSNSと、
いつものポイントサイトばかりだ。

かつて、リンクを辿って知らない
個人のページに迷い込んでいった、
あの感覚は、ほとんど残っていない。

どこか、パソコン通信の時代に逆戻りしたようでもある。
外の世界は、確かに広いはずなのに、
入口だけが、妙に狭くなってしまった。

そんな環境に少し飽きて、
昔、買ったまま読まずにいた文庫本を、ようやく開いた。

画面を閉じ、デジタルから少し身を引いてみると、
思っていたよりも、静かな時間が残っていた。

遠くへ行けないのなら、近場で楽しめばいい。
そんなふうにして始まった、2026年である。

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12/27/2025

冬の風、ハートひとつ、ナツロス


   久しぶりに、駿府城公園を散歩した。
お気に入りのプラタナスに会うためだ。

樹皮と葉には、これまでも触れてきたけれど、
実を見るのは、ずいぶん久しぶりだった気がする。

プラタナスの枯葉が舞う、冬の園路。
歩きながら、ふと中学二年の頃を思い出した。
クラス全員で歌わされた合唱曲。
課題曲は、はしだのりひことシューベルツの「風」──。
最後の「歩くんだー」だけ、
なぜかワンオクターブ上げる謎アレンジ。
そこで曲が終わってしまうのである。

原曲は、実はまだ続いていて、
そこには風が吹いているだけー、
最後には吹いているだけーの
フェードアウトで終わる曲だった。

途中で略して終わるのが、どうしても好きになれなくて、
その部分だけ、引き続きそっと声をだした。
みんなの歌声の中で、
一人だけ続きを歌い、フェードアウトする感覚。

今もプラタナスを見上げながら、
あのときの自分と、冬の風が少し重なった気がした。
駿府城公園から、青葉シンボルロードへ。
イルミネーションのテーマは、今年もハートだった。

クラブにもならず、ダイヤにもならず、
もちろんスペードでもない。

――来年も、再来年も、
この街はずっとトランプカードのハートなのだろうか。

どうせなら、思い切って原色の
美しい花札にしてくれたらいいのに、などと考える。

猪鹿蝶。

もっとも、そんな願いは、たぶん
軽くシカトされるのだろうけれど。
ハートといえば。

今年の夏、カーラジオからふいに流れてきた曲があった。
正直、何を言っているのかは、よくわからなかった。

脳の加齢のせいかもしれない。

でも、ユニゾンではなかった。
ソロの声だった。
それだけで、十分だった。

あとで調べたら、
甲田まひるの「ナツロス」という曲らしい。

顔もタイプだった。
おじさんなので、これ以上は
モザイク猪鹿蝶で。

──今年最後のブログ更新。
夏の名残を、冬にひとつ置いておく。

ラベル:

8/04/2025

ひとりでも、いいんですよ


   先日、散歩の途中で、
小さな居酒屋の店先に置かれた看板に足が止まった。

「うさぎの8倍ナイーブなあなたでも、
一人で入れるお店です」

いたずら書きのような、やわらかい文字。
その調子に、ふっと心がゆるんだ。

その瞬間、同じ店の入口にあった、
もうひとつの看板を思い出した。

2004年の秋──この店はやはり控えめに
「ひとりでもどうぞ」と告げていた。

文面は忘れた。
けれど、入口に漂っていたあの遠慮がちな
気配だけは、今もよく覚えている。

あの頃は、個人店の扉をひとりで開けることに
まだ少し緊張が残っていた時代だったと思う。

チェーン店なら気にせず入れる。
けれど街の喫茶店や食堂は、どこか敷居が高かった。

スマートフォンも、絶えず言葉が流れるSNSも、
まだ暮らしの中心にいなかった頃だ。

誰かの反応を添えて食事を味わう必要もなく、
見せるための時間を生活に組み込む習慣もなかった。

そんな時代に、この店はひっそりと
「ひとりでも、大丈夫ですよ」と
誰かに届くかどうかもわからない声を
置いていたのだと思う。

もっとも、当時の私はひとりでは入れず、
ボサノヴァが好きという
共通の話題で知り合った女性と訪れた。
結局、この店の扉を開けたのはその一度きりだ。

二十年近く経ったいま、街には
写真映えを促す言葉や、
投稿されることを前提にした仕掛けが
あちこちに並ぶようになった。

それもまた、いまの時代のかたちだ。

ただ──
同じ調子で「ひとりでも、いいんですよ」
と掲げられた看板を前にしたとき、
2004年の入口にあった静かな声が
ふいに重なって聞こえた。

時代より少しだけ先に、
そっと気遣いを置いていた店だったのだ。

変わっていくものと、変わらないものがある。
どちらに心が動くのかは、人それぞれだろう。

私はただ、
変わらずそこにあった気配を見つけて、
立ち止まっただけだ。

— いまさんより

ラベル:

7/01/2025

静けさのかたち


   角形フードをつけたカメラを、まじまじと眺めた。
思っていたよりも、ずいぶん優しい顔をしている。
動画を撮る人の目には映らないかもしれないが、
それでいい。

最近のデジカメ紹介は、動画性能とSNS連携の話ばかりだ。
「静かに撮ること」そのものが、
どこかに置き去りにされている気がする。

シャッターを切るとき、誰かのためではなく、
自分の呼吸に合わせたいと思うようになった。
息を吸って、吐いて、その流れの中でそっと切る。
それだけの行為が、今ではとても貴重に感じられる。
七間町のベンチに腰を下ろし、通りを抜ける風に
身を委ねて目を閉じていたら、
ふと誰かを待っているような気持ちになった。
静かな通りだが、不思議と居心地は悪くない。
この感じは、案外自分に
合っているのかもしれないと思う。
何気なくシャッターを切った。
写っていたのは街そのものというより、
何かを探していた頃の自分だった。

かつて賑わいを知っている街ほど、今の静けさが際立つ。
けれど大切なのは、「街がどう変わったか」よりも、
「その空気を自分がどう受け取っているか」なのだろう。
賑わいは、いつも外側にあるとは限らない。

以前は、看板の笑顔や明るい照明を、
そのまま華やかさだと思っていた。
だが今になって考えると、
それもまた演出の一部だったのだと分かる。

写真に修整があるように、街の光にも仕組みがある。
それでも、理屈では説明できないのに、
どうしても立ち止まってしまう場所がある。
それがきっと、「記憶」というものなのだ。

二十八年前、確かにここで息をしていた。
誰かの物語になぞらえる聖地巡礼ではなく、
自分の人生にだけ意味を持つ場所。
先日、その続きを見に行った。

何かが大きく変わったわけではない。
ただ、今も変わらずそこに在ってくれた。
それだけで、思わず「よかったな」と思えた。

誰にも届かなくてもいい。
反応も、評価も、説明もいらない。
ただ、自分のなかに残る光景を、
足音を立てずに記録する。
このレンズが捉えたものが、
どこかで自分を支えてくれるなら、それで十分だ。

あてもなく歩いていると、ふとした場所に出会う。
それをそっと持ち帰り、今日という日に名前をつける。
お散歩写真機とは、たぶんそういうものなのだろう。

——そんなふうに撮る日々が、
これからも静かに続いてくれればと思う。

ラベル:

6/27/2025

距離目盛りのある風景


   M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0を、
少しだけ安く手に入れた。

ほとんど迷うこともなく、即決だった。
長年使っていた14-42mmの標準ズームが、
ある日、前触れもなく動かなくなった。
撮れなくなると、手が空くというより、
自分だけがその場から切り離されたような感覚になる。
電源を入れると、
そのレンズはいつもスッと前に伸びた。
私はこまめにスイッチを切ったり入れたりしていたから、
それがどこかを傷めたのかもしれない。
そう思うことにしている。
それで、12mmを迎え入れた。

ずっと気になっていたレンズだった。
クラシックなPENの筐体にしっくりくる、
金属の手触り。無言の重み。F2.0の明るさ。

それでもこれまで、「自分には縁がない」と
どこかで決めつけていた。

だから今回の出会いには、
ほんの少し、出来すぎた感じがあった。

オートフォーカスが当たり前になった今でも、
ピントの距離目盛りが
きちんと刻まれているのがうれしい。

少し古びた精密機器に触れているような感覚。
絞り優先でしか撮らない自分には、これで十分だった。

迷っていたレンズフードも、某ポイントで交換した。

つけてみると、思っていたより存在感があり、
カメラ全体が前へ出てくる。
だから普段は外しておいて、逆光のときだけ、
そっと取り出す。それくらいが、ちょうどいい。

何枚か撮ってみた。
気まぐれで選んだはずなのに、
写ったのは、どこか前から
決まっていたような場所ばかりだった。

12mmという広角は、
思っていた以上に景色をすくい取る。
島田の大井川・川越遺跡では、
石像の筋肉と、
そこに積もった時間が、
レンズ越しに静かに伝わってきた。

古民家で見た人形の姿に、ふと祖父の背中を思い出す。
学校から帰ると、祖父がいた。
湯気のにおい。柱の影。
あの家には、不便さと一緒に、
確かな重さがあった。

今の暮らしの中で、あの重さだけが、
なぜか消えずに残っている。
昔のわが家の玄関も、たしかにこんな感じだった。
右側には黒電話があって、
電話をかけるときも、受けるときも、
三和土のつっかけを慌てて履き、
少し緊張しながら立った。

電話機というものは、どこか「怖いもの」だった。
川越遺跡の片隅で、そんなことを思い出していた。

戸の奥から、何かを問われているような気配がある。
誰にも名前を呼ばれていないのに、

「次の方どうぞ」
そんな声が、ふと背後から届いた気がして、
一歩、前へ出そうになった。
大井神社の境内では、カブトムシの幼虫が
無人で売られていた。三匹四百円。

「かぶとへのへんしん」
そう書かれた観察キットの横に、
「キミもへんしんの目撃者!」というコピー。

願いごとよりも、こういう小さな変身のほうが、
現実的で、ずっとやさしく見えた。
ラムネ。鯉鳩のエサ。
ソフトクリーム。心太。甘酒。

その自由すぎる並びに、思わず足を止める。

木漏れ日の中の売店の看板は、
季語のない俳句のようだった。

ラベル:

6/21/2025

線路は草に覆われても


   久しぶりに──大井川沿いの無人駅へ。

子供の頃を過ごした場所に、
ふと立ち寄った。

観光では届かない、
静かな懐かしさがある。

いまの線路もホームも、
昔とは場所が違っていた。
たしか、道路の拡張工事のときに
付け替えられたのだった。

列車が来なくなって久しく、
線路は草に覆われはじめていた。
それでも、風景はゆっくりと
馴染んでいく気配を見せていた。

あの頃の木造駅舎が、
もし今も残っていたなら──
吊り橋のそばで、
足を止める人の影も
もう少しあったかもしれない。
昔の映画に、
この駅が映っていたことを思い出す。

記憶の中の景色と、
映画の中のそれと、
そして今ここにある風景が、
すこしずつ輪郭を溶かしながら、
ひとつになっていくようだった。

ラベル:

5/19/2025

約2年ぶりの熱海来宮神社へ


   来宮神社には、
伸びやかなリゾートワンピースを軽やかに着こなす、
陽気な女性がよく似合う空気がある。

だから、冴えない男こと私がひとりで訪れるには、
少しばかり度胸がいる。

長いまつ毛を伏せ、静かに佇む女性が似合う
京都・大原三千院とは対照的に、
ここ来宮神社は、開放的で明るい。

いずれにせよ——
京都市左京区大原、静岡県熱海市、

どちらの場にも私のような者は、
少しばかり、いや、かなりの場違いかもしれない。
今回は流行りの「映え」を狙う写真撮影が目的ではない。
二年前に授かった「酒難除守」を
返納するために訪れたのだ。
熱海は相変わらず坂道だらけ。
柔軟性に乏しい(脳も身体も)私は、
アキレス腱を伸ばすたびに小さく悲鳴をあげる。
思えば前回は、アキレスに加えて
肝臓までもが悲鳴を上げていた。
限度を超えた泥酔の果て、
前のめりに転倒して顔面をアスファルトに叩きつけ、
血だらけの顔になった。
まったく懲りない面(ツラ)だった。
だからこそ、あのときはかなり縋る思いで
神に願ったのだ。

いま、毎日がほぼ休肝日。
そして「KISS」の方も——
道路はもちろん、女性の頬や
瞼の上でも、相変わらずご無沙汰だ。

それでも、あの切なる願いはきっと叶ったのだと思う。
境内の大楠の前で、初めて「こと葉みくじ」を引いた。
手元に残ったのは「千思万考」という言葉と、
小さな木製のハート。
階段を登るたびに息切れするこの心臓には、
安全確認と、もしかすると
常備薬としての「救心」が必要かもしれない。
けれど、その小さなハートを手のひらに包んだ瞬間、
鼓動が少しだけ落ち着いた気がした。
長い年月を経て育った大楠の静けさが、
私の内側にもそっと流れ込んできたようだった。
▼追記、
このあたりには、「ほのか」という
名前の店や看板がやけに多い。
柔らかくて、どこか人を安心させる響きだ。
なるほど——この土地の空気にも、
そんなほのかさが漂っている。

ラベル:

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