2025/01/30

静岡鉄道旧静岡市内線跡を歩く

 昭和三十七年まで、静岡の街を走っていた
旧・静岡鉄道「静岡市内線」─。
その跡をたどる、小さな歩き旅をしてきました。

今回のささやかな主張は、
この路面電車の起点──かつての
「静岡駅前停留所(電停)」と思われるあたりから、
国道一号線を渡って旧・新静岡停留所へ向かう道のりを、
古い写真と照らし合わせながら、
できるかぎり同じ構図で切り取ってみようという試みです。

静岡の街もすっかり「現代」になり、
暗渠化が進み、道路はどこまでも滑らかで無機質に。
いわば、アスファルトの砂漠とでも呼びたくなるような
均質な風景が続いています。
そこに、かつて路面電車が走っていた痕跡を
見出すのは難しく、
それを知らない人には、
ただの退屈な国道沿いの風景にしか
見えないのかもしれません。
JR静岡駅北口あたり。
SNS的には映えない景色の中に、
ひとりよがりな懐古の写真を差し挟む。
それはたぶん、誰に見せるでもない、
自分自身への小さな儀式のようなものでした。
撮影のあいだは気づかなかったのですが、
仕上がった写真を眺めていて、ふと感じました。

──ああ、静岡駅北口には
緑の気配がないなあ、と。

街に、もう少しだけでも、
呼吸のような緑があればいいのに──

国道一号線をぐるりと横断し、
松坂屋を左に見ながら旧・新静岡停留所へ。
古い写真と照らし合わせながら、
できる限り同じ構図を探して歩きました。

さて、脳内の路面電車は今、
旧・新静岡停留所へと進んでいきます──。
(2025年のセノバ)
(2011年のセノバ)
少し話がそれますが、
2011年末に撮影したセノバ
伝馬町付近の写真と、
2025年の同じ地点を見比べてみました。

2011年の写真には、杉山写真材料店の向かいに
天神屋の看板が見えます。
──これが、今回の小さな発見でした。

さらに記憶をさかのぼると、
その前にはたしか、携帯電話のショップがありました。

正月休みに訪れたその店は大混雑で、
当時人気だった「自作着メロ対応」の端末を求めて
人々が列を作っていました。

店員に「当分入荷はありません」と言われ、
がっかりして帰った日の空気まで思い出します。

いまではもう、着信音を自分で設定する気力もなく、
2008年にスマートフォンへ替えて以来、
同じ音を鳴らし続けています。

けれどその音が鳴るのは、
たいてい電力会社の勧誘か、
光熱費の未納を告げる自動音声ばかり。

──そんなこともあって、
今年こそ、電話番号という「足かせ」を
手放してしまおうか、と考えたりもします。

しかし、それすら簡単に決められない今の世の中に、
どこか得体の知れない怖さを感じてしまうのです。

それは、かつて路面電車が街を走っていた頃よりも、
むしろ不自由な風景なのかもしれない。

…脱線はこのへんにして、話を戻します。
我が脳内のチンチン電車は、ようやく
旧・新静岡停留所に到着しました。
(かつて新静岡停留所だったところ)
できることなら、2009年まで存在していた
新静岡センターの時代に、もっと意識的に路線跡を撮っておけばよかった──
そんな悔いが少し残ります。

いまの「セノバ」は、センター時代とは異なり、
バスターミナルが施設の下に収まりきらず、
どこか中途半端な印象を受けます。

……このあたりの文句は、そろそろ控えめにしておきます。

かつての新静岡停留所から県庁前へ向かっていたであろう
チンチン電車の姿を脳裏に浮かべ、
シャッターを一枚、静かに切りました。

この2025年の風景が、
この先どう変わっていくのか──。

そう思いながら、もう一度ファインダーを覗き込みました。
それはたぶん、
ささやかでも「生きていたい」と願う
自分の姿の投影だったのかもしれません。

まもなく、電車は出発進行──。

(県庁前へと向かう)

(セクシーすぎるカーヴ)
静岡市内線の線路があったという、
このぐるっとなだらかなカーヴ。

表通りである御幸通りよりも、
どこかしら色気を感じるこの曲線が、私は好きです。

日陰者、ゴキブリ野郎──
そんな自覚があるせいか、
どうしても狭い路地や裏道に惹かれてしまう。

静岡市役所のドームは、
今や街を象徴する建物になりました。
かつては左に公会堂、右には消防望楼。
その並びを思い浮かべると、
胸の奥に小さな風が吹き抜けるような気がします。

──感慨。

次は、県庁前停留所へと向かいます。
以上、今回はここまで。
 
次回のウォーキングカメラ旅では、
県庁前、中町、呉服町、
そして金座町まで歩いてみたいと思っています。

……歩けるかなあ。
腰もガニ股も、すっかり持病のように定着していてね。

──終──

【付録】
(静岡市葵区与一付近)
あっ、ここにもATM。
お散歩写真機というのは、
嘘偽りなく、ほんとうに楽しいものですね。

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2025/01/28

浪速手羽先と、飲んだ夜の約束──炭火焼きちんどん 静岡・昭和町


   葵区昭和町、江川町通り沿い。
白く塗られすぎた外壁が、街灯を
必要以上に跳ね返していた。
そのビルの一階に、「炭火焼きちんどん」がある。
これは、いまから十五年ほど前の写真だ。
フィルムではない。
たぶんミラーレスで撮ったのだろう。
細部はもう曖昧だが、それで十分だ。

浪速手羽先。
味わいは「世界の山ちゃん」によく似ていた。
舌先が少しだけ緊張する辛さ。
汗と食欲と、どうしようもない笑いが一緒にこぼれる。
本能のスイッチが音を立てて入る感じがした。

そして、間髪入れずにビール。
280円均一という値札に、財布より先に心がほぐれた夜。
「まずは、ちんどんで乾杯」
それが、いつしか仲間内の合言葉になっていた。

そこに行けば、誰かがいる。
顔を出せば、とりあえず笑ってくれる──
そんな景色が確かにあった時代だ。

山ちゃんがなぜ静岡に来ないのか。
風来坊より辛いあの味が、どうして
この街で定着しないのか。
理由はどうやら、家賃らしい。
地方都市が「都市らしさ」を保つための、
どこか皮肉な金額設定。

けれど、ちんどんはもう閉店している。
ビルはそのままでも、あの店の灯りはもうない。
友人たちと集まった場所が、静かに役目を
終えてしまったのだと思うと、
胸のどこかがすこしだけ空白になる。
思い出の場所がひとつ消えるたび、
街の地図がすこしずつ薄くなっていく気がする。

でも、あの夜の酔いが教えてくれたのは、
手羽先の再現性でも、店の事情でもなかった。

飲んだ勢いで交わしたような
くだらない約束を、
いまだに律儀に守ってくれる人がいる──
その事実だった。

そういう人は、たぶん信じていい。
酔いではなく、夜の奥行きの中で、
ちゃんと生きている人なのだと思う。

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2025/01/26

酒場の片隅、ひとときの残響


   先日、カラオケフリーのキャバクラで、
ふと声を出してみた。

ピーターのあの曲を歌ったら、
隣の席の男に「うまいねえ」と言われた。
気のいい声だった。
年齢は、たぶん似たようなものだ。

歌をほめられるなんて、
ずいぶん久しぶりだと思った。

国鉄関係の人たちが集まる、
小さな酒場の並ぶ横丁があった。
あそこも、カラオケは無料だった。

美川憲一の「さそり座の女」を歌うと、
声や身振りが似ていると笑われた。
店の女の人まで一緒になって……。

オヒネリが飛んできた。
あれを、モテ期と呼ぶには、
少しみすぼらしい気もするが、
悪くない夜だった。

その晩、最後に入れた曲が──
「夜と朝のあいだに」だった。

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2025/01/25

無口な変人、あっちイッテ ―葵区昭和町、イル・パパトーレ跡地にて―


   久しぶりに、静岡市葵区の昭和町を歩いた。
それは本当に、何の予定もない、気まぐれの午後だった。

偶然──というには少し
胸の奥を撫でるような、冷たい風が吹いていた。
感傷に浸るほどの余裕もなく、ただ歩幅だけが一定で、

街の音のほうが先に季節を運んでいく。

そんなとき、ふと気づいた。
あの「イル・パパトーレ」が姿を消していた。

かつて、週末のランチタイムに足しげく通った店だ。
気心の知れた女友達と並んで、
木目のテーブルを囲み、湯気のたつ皿を分け合った。
笑い声の輪郭が、まだ耳の奥に少しだけ残っている。

私の定番は、煮込みハンバーグ。
ほかのメニューには目もくれず、
ひたすらそれだけを頼んでいた。
なんとなく「浮気しない男」になった気がして。
……いや、ただ単に、あの味がしっくり
きていただけなのだけれど。

それにしても、この町に
足を運ばなくなって久しかったのは事実だ。
気づけば、別の街ばかりを歩いていた。
そのあいだに、景色のほうが先に
変わってしまったのだろう。

「さようなら」と言う間もなく、
音も立てずに消えていくもの。
そんな別れ方を、僕はもういくつも経験している気がする。
どんどん居場所が減っていく。
思い出の中にしか残っていないものばかりが増えていく。

最後に、ひと言だけ。

イル・パパトーレよ、ありがとう。
そして──なぜか頭に浮かんだのは、あの古いコピーだ。
お口の恋人、ロッテ。

……

無口な変人、あっちイッテ。
たぶん、どこかで誰かが、そんなふうに私を笑っている。

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2025/01/06

伊勢丹、痩せたん?

 駿府城公園のプラタナス。
この木の魅力は、葉よりも、
むしろ樹皮にあると思っている。
斑に剥がれ、まだらに露出しているあの感じ。
何かを隠そうとして、結局、全部見えてしまっている。

それでも葉は葉で悪くない。
風に揺れるときだけ、少し若返る。

昔、古いアルバムを見たことがある。
几帳面に写真が貼られ、
短い文章が添えられていた。
丁寧すぎて、少し距離の取りづらい言葉たち。

ああいう感じは、
たぶん自分の中にも残っている。
期待しないふりをしながら、
やたらと感傷的なところ。

年末年始になると、
街や過去に向かって、
どうでもいい独り言を投げたくなる。

「人類の天敵は、実は蛇だったらしい」

「怖いのは、毒よりも、
あの過剰な模様なのかもしれない」

「年が改まると、
関係の薄くなった人の名前が
ふと頭に浮かぶ」

「何も起きていないのに、
何かを待っている気分だけが残る」

「便利さは、
人の輪郭を少しずつ薄くしていく」

「贅沢は、
敵でも味方でもなく、
ただそこにある」

「富士山の白い部分は、
毎年、少しずつ形を変える」

「伊勢丹……
痩せたん?」

街は答えない。
けれど、確実に変わっている。

どうでもいいことばかり書いているつもりで、
本当は、どうでもよくない変化だけを、
見逃さないようにしているのかもしれない。

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